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日本の新しい生活文化を創出した阪急電鉄創業者・小林一三の遺志が薫る池田市─乗客は電車が創造する─

偉人・小林一三の理想と池田市の都市型ワーケーション

現代に繋がる理想のライフスタイルモデルを
創造した近代日本のイノベーター・小林一三

 

小林一三1

小林一三氏 肖像
日本の鉄道界、経済界に大きな功績を残した小林氏。その第一歩となった鉄道開業を果たした当時の姿。

 

 阪急電鉄の創業者として知られる小林一三氏(現・阪急阪神東宝グループ創業者)──。

 

 小林一三氏は阪急電鉄だけではなく、阪急百貨店、宝塚歌劇団、東宝などの創業も成し遂げた。小林一三氏の鉄道を中心とした都市開発、流通事業、観光事業などを一体化させ、ひとつの大きな経済を産んだ私鉄経営モデルは、のちに創業された大手私鉄のみならず、JRも採用したとされ、日本の鉄道とともに近代日本の経済発展に大きな影響を与えたといえる。

 

 小林一三氏が目指した「理想のライフスタイルの創造」は今も私たちの生活のなかに息づいているといえよう。

 

 そんな小林一三氏が、阪急電鉄創業から84歳で亡くなるまでの約50年間を過ごした場所が大阪府池田市である。一三氏の偉業は「池田市だったからこそ生まれた構想」も多く、彼の発想の構築に大きな影響を与えた都市であった。現在、池田市には一三氏の輝かしい業績やビジネスにおけるヒントを学べる「小林一三記念館」があり、その学びを核とした、画期的な取り組みが池田市で展開されていると言う。

 

小林一三2

一三氏は1956年、その功績と貢献を称えられ「池田市名誉市民 」に選ばれる。

 

 その取り組みの前に、まずは小林一三氏の生い立ちについて触れていこう。一三氏は、1873(明治6)年、現在の山梨県韮崎市(にらさきし)の豪商「布屋」に生まれた。南アルプスの山々に囲まれた甲府盆地のなかにある自然豊かな故郷である。上京し慶應義塾を卒業したのち、銀行勤めを経て、34歳の時に阪急電鉄の前身となる箕面有馬電気軌道(みのおありまでんききどう)株式会社を創業。

 

池田市1

箕面有馬電気軌道線路敷設工事
1909年ごろの池田市付近の工事の様子。

 

 小林一三氏の偉業は、阪急電鉄開業、世界初の駅ビル「阪急百貨店」の開業、「宝塚歌劇」や演劇・映画「東宝」・プロ野球球団創設など、まさに枚挙にいとまがない。

 

 電鉄開業初期、乗客獲得が課題であったが当時の終着駅であった箕面や宝塚に遊覧施設を作り、旅客誘致の方策がとられた。鉄道を中心としたひとつの経済圏の創出である。一三氏の、「乗客は電車が創造する」と言う言葉に、その気概が現れている。またこの言葉は現在へと継がれるビジネスモデルの打ち出しともなっている。

 

宝塚大劇場

旧宝塚大劇場(1924年)
全国的、世界的な人気を集める「宝塚歌劇団」も一三氏が作り上げたもののひとつ。

 

 阪急百貨店においては、当時高級な食事に部類されたものの“大阪市内で一番おいしい”と言われたカレーライスを安価で提供することで、多くの客を呼び込み、結果的に百貨店全体の売り上げ拡大につなげた。商家に生まれ、育ってきた環境の中で「お客様ファースト」の視点を持っていたこと、目先の損得に捉われない、中長期のビジネス展望を持っていた点は、まさに現代の起業家精神(アントレプレナーシップ)醸成につながるものである。

 

阪急百貨店

阪急百貨店8階洋食堂
1935年頃 の様子。阪急百貨店のカレーライスはいまもなお、名物メニューとして人気を集める。

 

 さらに小林一三氏は、その手腕が買われ、東京電燈に招かれ経営を立て直し、1940(昭和15)年には第2次近衛内閣の商工大臣に任命され、多方面にわたる活躍で近代日本の実業界に大きな影響を与えることとなる。

 

 ここからは、その小林一三氏と池田市との関係について触れよう。

 

1915年頃の池田室町住宅

1915年頃の池田室町住宅。

 

 箕面有馬電気軌道開業翌年、池田市に転居。邸宅は、池田市の五月山の麓に位置するが、生まれ故郷の山梨県韮崎市も、南アルプスの名峰に囲まれた場所に位置する事から、故郷の風景を重ねていた。

 

 一三氏は電鉄の営業開始とともに沿線用地を取得し、池田市に日本初の郊外型分譲住宅の開発を行っているが、「田園趣味に富める楽しき郊外生活」として、空気がきれいで豊かな自然の中と言う、池田市での新生活を勧めていた。当時、大阪市内には工場が乱立して煤煙が多く、池田市に住むことへのメリットをおおいに打ち出しのだ。また、大阪都心からの距離が、通勤に適当な距離と言う点も池田の魅力であり、この「都心からの近さ」も売りにした。

 

 沿線の住宅開発においては、当時は画期的な手法として、電気・ガス・水道と言った「ライフライン」を整えた上で、土地・家屋一式2,500円を10年間の月賦で販売するという、現在の住宅ローンに相当する手法を初めてとった。

 

池田市2

住宅地御案内
1909年ごろに配布された池田の住宅パンフレット 。

 

 一三氏が目指したのは、単なる「私鉄開業」ではなく、便利で環境の良い家に暮らし、百貨店で買い物をし、劇場で娯楽を満喫できる「ゆとりある生活」という現代に繋がる「理想のライフスタイルの創造」であった。

 

 一三氏の手により明治から大正にかけて大きく発展した池田市は、現在も進化を遂げている。冒頭、「池田市で画期的な取り組みがなされている」と述べたが、その点について触れていく。

 

 コロナ禍の昨今「ワーケーション」と言う言葉を耳にしたことが多いと思うが、「ワーケーションはリゾート地」と言うイメージが先行すると思う。しかし、池田市のワーケーションは、『都市型ワーケーション』と銘打って、都心からの近さや大阪国際空港所在市である利便性による、参加者の移動時間・費用と言ったコスト低減が一つのメリットとなる。

 

 また、小林一三氏以外にも、日清食品ホールディングスの創業者である安藤百福氏や、ダイハツ工業と言った、世界的な大企業にゆかりのあるミュージアムで、現代ビジネスや経営に関する知見を得るなどの学びから、起業家精神(アントレプレナーシップ)醸成に繋げることが核となる。

 

カップヌードルミュージアム

カップヌードルミュージアム 大阪池田
日清食品創業者の安藤百福氏は世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」をここ池田市で発明した。

 

 学び(ワーク)以外の要素も満載だ。1933(昭和8)年創業の料亭に起源がある老舗温泉旅館や、江戸時代から続く植木産業や盆栽体験、絶景の夜景スポットなど、独自のコンテンツに加え、市内の農園芸・寺社・飲食・ミュージアムなど様々な事業者と連携した形で、2025年の万博期における域内消費拡大に向け、地域内で持続可能な形で展開されている、この『都市型ワーケーション』。

 

久安寺
近衛天皇の勅願寺として栄えた久安寺。安土桃山時代には、豊臣秀吉が参拝したという歴史ある寺である。 現在は座禅、写経、写仏などを体験できる場として、また関西花の寺25ヶ所の札所として人を集める。


池田城

池田城
池田市域一帯などを支配していた地方豪族・池田氏の居城であった池田城。池田氏は信長とも戦い、敗れはしたものの、評価を得ることで家臣に加えられ、摂津三守護の一人となった。現在は公園となっている城跡では写真塾やヨガ教室が開かれ、市民の憩いの場となっている。

 

 小林一三氏や現代ビジネスに大きな影響を及ぼした人になった気持ちで、学び、そして楽しんでいただく時間を、是非池田市で過ごしていただきたい。

 

取材協力:公益財団法人阪急文化財団

 

都市型ワーケーションに関する問い合わせ先:池田市市民活力部にぎわい戦略室空港・観光課 

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