×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画

土井ヶ浜遺跡で発見された弥生人白骨遺体の傷跡に残る謎 〜 土井ヶ浜殺人事件① 〜

[入門]古墳と文献史学から読み解く!大王・豪族の古代史 #042

 


歴史上ではさまざまな殺人事件が起こってきた。戦国時代には下剋上による主人謀殺などが後を絶たなかった。本能寺の変を取ってみても、その詳しい動機は判明しておらず、記録や史料が比較的残っている時代の事件でも、真実は藪の中だ。ましてや文書の無かった古代の事件など、真相究明は到底不可能なのだが、それでも推理してみたい。


 

頭頂部から腹部に矢傷跡13か所が確認できる人骨

土井ヶ浜の弥生人男性の複顔像 人類学ミュージアム展示 柏木撮影

 山口県下関市の響灘(ひびきなだ)に面した弥生時代の土井ヶ浜遺跡からは、弥生時代中期の約300体の完全骨格が出土しています。遺体が海岸の砂丘に埋葬されたため、貝殻などのカルシュウムが人骨を守り、良好な状態で後世に残った稀有な遺跡です。

 

 そんな人骨の一つ「第124号人骨」は、特記するべきものでした。

 

土井ヶ浜遺骨 人類学ミュージアム展示第124号 撮影柏木宏之

 頭頂部から腹部にかけて骨に残る矢傷跡が少なくとも13か所確認できる人骨です。そのうえ、頭部を完全に潰されているのです。人骨周辺からは石の鏃(やじり)12点、サメの歯の鏃2点、合計14点が出土していますので、骨に残る痕跡以上に多くの矢が撃ち込まれた可能性もあります。

 

 被害者は壮年の体格のいい男性。しかも右腕には当時大変貴重な「ゴホウラ貝の腕輪」をしていました。

 

南海産のゴホウラ貝の腕輪 人類学ミュージアム展示 撮影柏木宏之

 このゴホウラ貝は南西諸島にしか生息しない大型の巻貝で、その貝殻を丁寧に輪切りにして腕輪にしたものです。当然、弥生集落で特別な存在でなければ所持できない貴重な装飾品です。

 

 人骨の所見によると、矢は至近距離から撃ち込まれていることがわかっています。惨殺遺体といえるでしょう。(汗)

 

物的証拠は高級な腕輪、人骨と鏃、他の遺体と同じく海に向けられた顔

 

 実は各地の弥生遺跡墓からは、骨に石剣や矢で攻撃された痕のあるものや、頭部を切断された人骨などが出てきます。

 

 しかし、これほど至近距離から矢を大量に撃ち込まれて死に至った人骨は今のところ出てきません。

 

 今風にいうと、鑑識の結果わかっているのはそれぐらいです。

 

 あと一つ、この砂丘墓に埋葬された約300体の遺骨は、すべて顔を西に広がる海に向けて埋葬されていることぐらいでしょうか?もちろんこの124号も潰された顔を西北の海に向けていました。

 

 歴史探訪には推理ゲームの要素もあります。また、それが面白さの重要コンテンツでもあるでしょう。

 

 どんな人たちがどんな生活をしていたのかも推測でしかない弥生中期の惨殺遺体から、何があったのか?などとても真相究明は不可能ですが、さまざまな推理に挑戦することはできます。

 

 まず重要な物的証拠は人骨と鏃、右腕の高級な腕輪。それに他の遺体と同じく海に顔を向けて埋葬されていたことでしょう。

 

 大量の矢がどのように撃ち込まれたのかを考えてみましょう。

 

14本の矢が14人の射手から同時に撃ち込まれたとはあまり思えません。

 

もしかすると射手は一人だったかもしれませんし、その可能性はあります。

 

すると、被害者は相当苦しんで死んでいった疑いが出てきますし、撃つ側にも必殺の覚悟が伺えます。

 

私には、被害者への相当の恨みや殺意が感じられます。

 

つまり、この被害者は絶対に殺されなければならなかったということになります。

 

 事件には動機が必要ですが、2千年前に土井ヶ浜に住んでいた人たちに、どんな常識があってどんな掟があったのかなど想像もつきません。

 

 この被害男性はどんな理由でこんな殺され方をしたのでしょうか? 次回、推理を続けましょう。

                                               

弥生時代の貝の道 人類学ミュージアムパネル展示 柏木撮影

 

KEYWORDS:

過去記事

柏木 宏之(かしわぎ ひろゆき)
柏木 宏之かしわぎ ひろゆき

1958年生まれ。関西外国語大学スペイン語学科卒業。1983年から2023年まで放送アナウンサー、ニュース、演芸、バラエティ、情報、ワイドショー、ラジオパーソナリティ、歴史番組を数多く担当。現在はフリーアナウンサーと同時に武庫川学院文学部非常勤講師を務め、社会人歴史研究会「まほろば総研」を主宰。2010年、奈良大学通信教育部文化財歴史学科卒業学芸員資格取得。専門分野は古代史。歴史物語を執筆中。

最新号案内

歴史人2023年6月号

鬼と呪術の日本史

古くは神話の時代から江戸時代まで、日本の歴史には鬼が幾度となく現れてきた――跳梁跋扈する鬼と、鬼狩りの歴史がこの一冊でまるわかり!日本の歴史文献に残る「鬼」から、その姿や畏怖の対象に迫る!様々な神話や伝承に描かれた鬼の歴史を紐解きます。また、第2特集では「呪術」の歴史についても特集します。科学の発達していない古代において、呪術は生活や政治と密接な関係があり、誰がどのように行っていたのか、徹底解説します。そして、第3特集では、日本美術史に一族の名を刻み続けた狩野家の系譜と作品に迫ります!