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維新後も生き延びて警視庁に入り西南戦争に参戦した凄腕の剣客‟斎藤一”

新選組隊士列伝 『誠』に殉じた男たち 第5回

 

沖田総司とともに女性ファンに人気の高い斎藤一。近年、映画や小説で主役級の扱いを受け、その知名度は新選組隊士の中でも上位に入る。戊辰戦争後も西南戦争に参戦するなど、異色の経歴を持つ。

 

 斎藤は天保15年(1844)、播磨国明石藩足軽の子として、江戸で生まれている。父は後に御家人株を買って幕府直参という立場になる。父の伝手によって、会津藩の江戸屋敷に出入りしていた斎藤は、その道場で小野派一刀流や無外流といった剣法を学んだ。この頃から、斎藤は会津藩と深い絆を持っていた。この時代に、市ヶ谷の試衛館にも出入りするようになり、近藤勇や土方歳三らと親しくなった。

 

 文久3年(1863)、斎藤は小石川で口論となった相手を誤って斬り殺し(1説には果たし合いの末ともされる)、父に諭されて京都の知人を頼って逃げた。同じ時、幕府の浪士組に参加した近藤たち試衛館組が京で新選組を結成した。近藤と再会した斎藤は、誘われるまま新選組に参加した。入隊後は、副長助勤・剣術師範頭として隊士を育て、その後は3番隊長として尊攘派の浪士たちとの戦いの先頭に立った。

 

 しかし斎藤の本領は密偵としての仕事であった。隊内にいる長州藩などのスパイを見つけ出し粛清する仕事も、斎藤は普通にこなした。こうした働きをする斎藤は、近藤からの信頼も篤かった。実はこれより後のことになるが、斎藤はこの本名の他に「山口二郎」「一瀬伝八」「藤田五郎」などの別名を持つことになる。

 

 途中から新選組に参加した伊東甲子太郎が、御陵衛士(ごりょうえじ)・高台寺党という別組織を作って分派した際に、近藤から密命を受けた斎藤は、新選組を抜けて伊東一派に参加した。これは、新選組のためのスパイ活動をすることであったが、その人柄や無口でおとなしい斎藤は疑われることなく、高台寺党に加えられている。斎藤は、伊東らが近藤ら新撰組幹部の暗殺を計画していることを知り、近藤に知らせる。これが「油小路の決闘」という新選組と高台寺党の戦いに発展するきっかけになった。だが、高台寺党の生き残りたちもずっと後まで、斎藤が近藤のスパイであり、その報告によって高台寺党が殲滅させられたことを、気付かないばかりか、信じることもできなかったという。斎藤の実力は、こうしたところにあった。

 

 斎藤は、近藤の甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)にも参加して、甲州・勝沼での柏尾戦争を戦った。その後、近藤が斬首され、土方と会津までを戦い続けるが、ここで土方とも別れ、新政府軍と戦う会津軍の指揮者として抵抗する。会津藩が降伏しても抵抗を止めず戦い続ける斎藤に、藩主・松平容保の使者が説得してやっと降伏した。最後まで武人として戦った斎藤であった。また、会津藩への恩義をこの戦いで帰したともいえよう。

 

 明治になってから「藤田五郎」と名乗った斎藤は、下北半島・斗南(となみ)藩に謹慎した。明治7年(1874)に東京に出て、開設されたばかりの警視庁(警視局)に採用された。詳細は不明ながら、ここでも現在の公安のような仕事(スパイ摘発など)をやったらしい。斎藤は西南戦争にも出動している。最後は麻布警察署の警部にもなり、明治24年(1891)まで勤め上げた。退職後は、師範学校や女学校に勤務。

 

 胃潰瘍を病んだ斎藤は、大正4年(1915)9月28日、臨終を迎える。座布団の上に正座した斎藤は、床の間に向かって座禅を組んだまま死亡した。維新後は、新選組について一切語らないままであった。斎藤一、享年72。       

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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