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初代天皇・神武天皇の墓にまつわる謎——江戸幕府が認定した「神武天皇陵」の場所は誤っていたのか⁉

神武天皇陵はどこにある?

 天皇家の生みの親・神武天皇の墓は謎のままである。所在地やその存在自体の詳細は、未だに不明な点が多い。記録によれば、江戸時代とその前では所在地が異なっており、なぜそのような齟齬が生まれたのか疑問が残る。学者たちが現代でも所在地について議論を戦わせている、「神武天皇陵」の謎について今回は紹介していく。

 

『古事記』『日本書紀』その他史料で食い違う天皇陵の位置

『現在の神武天皇陵』 定められた「神武天皇陵」は整備され、現在は畝傍山全域が神域となっている。壬申の乱の際、挙兵の報告に訪れたとされる神武天皇陵は丸山と場所が一致していると見られる。

 

 神武天皇の陵について『古事記』は記す。
 「畆火山の北の方の白檮の尾の上にあり。」
 『日本書紀』は記す。
 「(神武天皇を)畝傍山の東北の陵にほうむった。」
 また、『日本書紀』の天武天皇元年(672)7月の条に「高市郡の長官(大領)の高市の県主の許梅をつかわして、神武天皇の陵をまつり拝ませて、馬および兵器をたてまつった。」という記事がある。

 

 これらの記事によれば、672年のころには神武天皇の陵とされるものが存在し、その場所がわかっていたようである。

 その後、国がみだれ、天皇陵の位置は不明になっていく。幕末に尊王倒幕の声が高くなるとともに、幕府は朝廷対策の一つとして天皇陵の補修を実施する。神武天皇陵が、現在の地に定められるまでは、神武天皇陵の候補地は6つあり、そのうち、次の3つがとくに有力であった。

 

 (1)  畝傍山の丸山(大和の国高市郡洞村の近く)。

 (2) 大和の国高市郡白橿村山本のミサンザイ(神武田。現在の神武天皇陵の場所。奈良県橿原市大久保町ミサンザイ)。

 (3) 四条村の福塚(塚山ともいう。現在、第2代の綏靖天皇の陵とされている。大和の国高市郡四条村。現在の橿原市四条町)。

 

 この3つの候補地のうち、(1)の 丸山は、当時、支持する学者が多く、また、相当な根拠をもち、最有力とされるものであった。

 

 蒲生君平、本居宣長、竹口英斎、 北浦定政らが、丸山説を支持してい る。天皇陵調査の学術顧問団の筆頭 であった谷森善臣は、彼にしてはめ ずらしく、かなり無理な論理により、神武天皇陵は、(2)の白橿村山本の 地にあったとし、それを押し通した。

谷森善臣:天皇の近侍である内舎人家の出身で、幕末の修陵を主導。神武天皇陵を現在の場所に定めたのは、谷森らの決定によるものである。国立国会図書館蔵

 

 これは、当時の政治的な事情によるものとみられる。

 

 当時、孝明天皇が、大和に行事する計画があり、天皇の「神武天皇陵」参拝が決定された。幕府は、それにあわせて、天皇陵の場所を定め、修復事業を実施する必要があった。

 

 ところが、洞村の地には、当時、およそ千人の人々が住んでおり、神武天皇陵を整備するためには、それらの人々を、立ち退かせざるをえなかった。しかし、それは、きわめて無理な事情があった(のち、大正時代に強制移住させられている)。

 

 丸山が、神武天皇陵の地であると見られる理由としては、次のようなことがあげられる。

 

(1)『古事記』に「畝傍山の北の方の、白檮(しらかし)の尾(根)の上にある。」と記されている。丸山は「尾根」の上にある。神武天皇陵の他の候補地は「尾根」の上にはない。

 

(2)丸山に、生玉神社がある。『日本書紀』の「天武天皇記」の戦勝祈願の記事の中に「生霊の神」がでてくる。神武天皇陵の地に「生霊の神」が祀られていたのだろう。

 

(3)丸山の地には「加志」「カシフ」「カシハ」「白橿村」など、「白檮」と合う地名があった。

 

(4)丸山のすぐそばにあった洞村の人たちは、祖先は、九州から来た人たちで、神武天皇陵の守戸(墓守り)の子孫といわれていた。   谷森善臣は、「能吏的」な側面をもつ人であり、「全体的な判断」をしたとみられる。

 

 この間の事情について、くわしくは、拙著『大和朝廷の起源』(勉誠出版刊)を参照していただきたい。一度定められた「神武天皇陵」は、その後も整備され、明治以後は畝傍山全体が聖域とされる。

 

 

監修・文/安本美典

(『歴史人』2021年6月号 「いまさら聞けない! 古代天皇と古墳の謎」より)

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