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彦根城(滋賀県彦根市)~四季の色彩に満たされた魅惑の名城

名城の鑑賞術 第2回

貴重な“登り石垣”の特異な構造も見どころのひとつ

城に桜が植えられたのは明治になってから。薄紅色の光景は、百年ほどの歳月で培われた美的感覚に過ぎない。落葉樹の黄や赤の色彩は、江戸の昔から愛された(平成23年11月21日撮影)。

 明治維新以後、城は使命を終えると、建物が撤去され、石垣の周囲には樹木が生育した。だが、樹木が成長するに従い、精密に積み上げられた石垣を歪め、崩壊の危険を生じさせた。

 

 十年ほど前、熊本城の石垣を伐採しようとしたところ、自然保護団体の猛抗議を受けた。自然と文化財のいずれを保護するかは意見が別れる。だが、城郭研究者や行政の文化財保護担当者が、石垣を後世に伝えるためには、自然と共生しながら、間伐する必要性があることを訴え続けたことから、多くの住民の理解を得られるようになった。城や石垣への関心が高まったことも、自然保護第一の主張を見直す材料となり、小田原城、姫路城、福山城、浜田城、宇和島城などでは、城内の樹木の伐採が実行されつつある。

 

 江戸時代には、彦根城の象徴である天守は城下町の至る所から仰ぎ見ることができた。野放図(のほうず)に成長した樹木は天守の姿を隠していたものの、伐採されることにより、石垣が崩壊の危険から救われるとともに、往時の景観が取り戻されつつある。

 

 また、近年の伐採により、登り石垣の特異な形状が確認できるようになった。通常の石垣は平面に位置するのに対し、登り石垣は斜面に築かれる。日本の城では、登り石垣の遺構は、伊予松山城や洲本城などに限定され、ようやく特異な構造を鑑賞できるようになった。

 

 彦根城には、少なくとも二年に一度のペースで訪れたくなる。

 

 なぜなら、彦根城では、天守が改修工事によって化粧直しされる、彦根城博物館が新設される、ひこにゃんが登場して人気者となる、樹木が伐採されて見やすくなるなど、また訪れてみたいと思わせる要素を提供し続けていることによる。

 

 ひこにゃんは、言葉を発することなく、動きだけで喜怒哀楽を表現するのは、ゆるキャラの王道。子どもにもわかりやすく、彦根城の歴史を伝えている。ちなみに、ひこにゃんのようなゆるキャラか、戦国武将隊が集客力アップのための起爆剤として活用される。ただし、戦国武将隊は演じ手の勉強不足が露呈することもあり、素通りすることも多い。

 

 彦根城では、駐車場から坂道を上って天守の最上階へ到着し、彦根城博物館でひこにゃんショーを見て駐車場に戻るというコースであれば、二時間もあれば、次の目的地へ移動できる。その一方、天守だけではなく、西櫓(にしやぐら)まで足を延ばせば、もう三十分ほど滞在時間を必要とする。また、玄宮楽々園(げんきゅうらくらくえん)や埋木舎(うもれぎのや)をはじめ、城下町エリアまで見学すると、時間は瞬く間に過ぎてゆく。御蔵橋は、彦根城の北端にあたり、干拓される以前は琵琶湖の岸部にあった。このあたりまで足を延ばすと、人影は少なくなり、散歩する地元の方か、レベルを上昇させた城好きだけとなる。

 

 彦根城は、半日いても見飽きることはなく、丸一日いても見尽くすことができない魅力を提供し続けている。

 

 

 

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外川 淳とがわじゅん

1963 年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部日本史学専修卒。中世から近代の軍事史に造詣が深く、歴史ファンとともに古城、古戦場をめぐる歴史探偵倶楽部を主宰。主な著書に『地図から読み解く戦国合戦』(ワック)『戦国大名勢力変遷地図』(日本実業出版社)など。Yahoo! ブログ「もっと² 地図から読み解く戦国合戦」では、紹介しきれなかった写真や取材成果を掲載の予定。

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