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宇治の橋姫~嫉妬に狂って鬼と化した女の情念

鬼滅の戦史⑭

元は見目麗しい健気な新妻か

浮世絵で「腰元千鳥」として描かれた宇治の橋姫『源氏雲浮世画合』一勇斎國芳筆/都立中央図書館蔵

 「さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我をまつらん 宇治の橋姫」

 

 これは、『古今和歌集』第14巻に記された、読みひと知らずの恋歌である。

 

「筵(むしろ)の上に衣を敷いて、今宵も私を待ちながら、独り寂しく寝ているのだろうか。宇治の橋姫は?」とまあ、直訳すれば、このような意味合いになるのだろうか。一説によれば、『山城国風土記』逸文に記された、宇治の橋姫(はしひめ)にまつわる伝説をもとに詠まれたものという。

 

 宇治川のほとりに、若夫婦が住んでいた…と、物語が始まる。夫は、妊娠した妻のために、海にワカメを採りに出かけたとか。ところが、いつまでたっても、夫は戻らない。しびれを切らした妻が夫を探しに海へ向かうも見つからず、虚しく帰り着いて一人寂しく夜を明かす。そんな情景を歌ったもののようである。

 

 実は、夫は海に行った後、そのまま竜宮へと向かい、そこでお姫様の婿となって暮らしていたのだ。この歌は、竜宮にいる夫側の視点で詠んだものである。

 

 どのような経緯で竜宮へとたどり着いたのかはわからないが、夫が竜宮城の乙姫さまのもとで、楽しい時を過ごしたことは想像に難くない。そんな立場にありながらも、妻を懐かしむ夫。現代なら、「何と身勝手な…」と非難轟々雨あられ…となることは間違いなさそう。

 

 一方、ひとり寂しく夫を待つ妻は、何とも健気。宇治橋の袂に住んでいたところから、宇治の橋姫と呼ばれた。その姿も、楚々とした見目麗しい女性を想像してしまいそうである。

 

一転、鬼女と化して修羅場を迎える

 

 ところが、後の世の『源平盛衰記』(『平家物語』の異本)などに登場する宇治の橋姫は、「楚々とした女性」などとは打って変わって、おぞましい女として登場する。嫉妬に狂ったその果てに、何と生きたまま鬼と化し、恨みを募らせた女ばかりか、市井の人々まで次々と殺していくという、実に恐ろしい女として登場するのである。ともあれ、その物語を振り返ってみることにしよう。

 

 嵯峨天皇の御代というから、9世紀も初めの頃のお話である。主人公は公卿(くぎょう)の娘、高位高官の家柄の生まれである。夫がどのような人物(名は山田左衛門国時とも)であったのか定かではないが、夫が妻と離別し、別の女と暮らし始めた、その直後のことと思われる。

 

 物語は、夫を横取りされて嫉妬に狂った元妻が、貴船明神において、生きながら鬼になることを願って、丑の刻参りを実践するところから始まる。この丑の刻参りに関しては、7回『滝夜叉姫(たきやしゃひめ) ~ 父・平将門の恨みを晴らさんと、鬼となって謀反』でも紹介したが、顔に朱を施し、身に丹、頭上に鉄輪をはめ、松明(たいまつ)を口に咥えた姿で、丑の刻(午前1〜3時頃)に貴船神社に詣でて必死に祈願するというものである。七夜欠かさず続けると、祈願が成就するとか。

 

 ともあれ、念願叶って鬼と化した橋姫は、夫の後妻は言うに及ばず、その親類縁者に到るまで次々と殺害。その後、誰彼構わず殺すようになったというのだ。都中が恐れおののいたことはいうまでもない。

 

源綱が愛刀・髭切で鬼女の腕をバッサリ!

 

 これを案じて派遣されてきたのが、源頼光の家臣・源綱(みなもとのつな)であった。一条戻橋で荒れ狂う鬼女となった橋姫を見つけた綱は、ここでくんずほぐれつの戦いを繰り広げた後、鬼女の手首をグッとつかむや、愛刀・髭切(ひげきり)を駆使して、その手をバッサリ! それまで雪のように白かった女の腕は、みるみるうちに真っ黒に変色。銀色の毛までもが浮き出すようなおぞましい様相に変わっていったとか。その後、陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)まで登場して、鬼女を見事、都から追い払うことができたとも。

 

 鬼女が改心したかどうか定かではないが、後には都の守護神となると誓って、宇治川に身を投げたと言い伝えられている。帝(みかど)に仕える女房の夢枕にも現れ、社殿を設けて祀って欲しい旨を告げたとか。それが、宇治川のほとりに祀られている橋姫神社創建の由来である。

 

 いつの頃からか、宇治川には龍神が住むと言われるようになったが、果たして、それが橋姫のことなのかどうかは定かではない。宇治橋の袂に建てられた宇治平等院(建造は1052年)の本尊のある鳳凰堂も、一説によれば、この龍神が猛火から守ってくれたとのこと。

宇治川には喜撰(きせん)橋、朝霧橋、橘(たちばな)橋、宇治橋などがあるが、そのひとつ観流(かんりゅう)橋

 なお、『鬼滅の刃』はもともと少年向けとしてスタートしただけに、愛欲の果てに鬼となったというような話は登場しない。それでも、人間だった頃に生きたまま焼かれたという堕姫(だき)が、心なしか橋姫とイメージが重なりそう。性悪で傲慢、髪の毛まで銀色だったという点も、橋姫とよく似ている。見目麗しい女性ばかり襲って食うというところなど、女の情念が為せる技というべきか。最後に地獄の業火に自ら飛び込んでいったという心根も、橋姫同様、女の業に抗いきれなかったことに対する償いだったのかもしれない。

 

(次回に続く)

 

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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