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姫路城(兵庫県姫路市)~白亜の変遷

名城の鑑賞術 第1回

“白過ぎ城”の色調の変化こそが歳月の流れを味わえる楽しみ

保存修理工事を終えた順番は、小天守(左)、大天守(中央)、一渡櫓、二渡櫓(中央から右)となる。これらを比較してみると、歳月の流れにより、壁面の白亜の輝きが失われる時間的経緯を読み解くことができる。(平成30年8月28日撮影

 姫路城の大天守の保存修理工事は平成21年6月に着工し、27年3月に完成した。

 

 修復工事中の覆屋(おおいや)内部は、見学施設として部分的に解放され、「天空の白鷺」と命名された。施設内には、姫路城の歴史や進行中の修復工事のガイダンスが展示されるとともに、伝統的技法による修復作業の様子を見学することができた。なお、「天空の白鷺」では、工事完了後は絶対に見学できないアングルから大天守の姿を観察できたことから、工事中の見学客の減少を防ぐのに大きく貢献した。

 

 工事完了後の姫路城は、白亜の輝きが際立つことから、白鷺城(しらさぎじょう)の別名にひっかけ、「白過ぎ城」と揶揄された

 

 ただし、姫路城を長い目で観察し続けていれば、白亜の輝きが失われるのを予測することは可能だった。かつて、小天守の改修工事が終わったとき、輝く小天守に対して大天守はくすんでいた。だが、小天守はカビの発生や大気汚染によって輝きを次第に失った。その変遷を知っていれば、いずれ失われる輝きを素直に楽しめばいいという達観した境地に至ることができた。

 

 保存修理工事を終えた順番は、小天守(左)、大天守(中央)、リの一渡櫓(いちわたりやぐら)、二渡櫓(にわたりやぐら・中央から右)となる。これらを比較してみると、歳月の流れにより、壁面の白亜の輝きが失われる時間的経緯を読み解くことができる。

 

 極言してしまえば、姫路城に一度か二度か訪れた程度の人たちは、大天守と小天守の輝きの変遷に気づくことなく、くすんだ色調こそが日本的美意識という感覚を前面に押し立て批判や揶揄を繰り広げたのだと思う。ちなみに、「白過ぎ城」と揶揄していた文化人たちの御尊名は、物忘れが進行する世代のため、幸か不幸か、忘却の彼方にある。

 

 平成の大修理が完成し、覆屋が撤去され、その雄姿を現したころ、「白過ぎ城」は話題となった。だが、さらに数年の歳月が経過すると、「その後」が報じられることもなく、忘れかけられつつあったので、大天守の白亜の現状を確認するため、姫路城を訪れてみた。

 

 大手門近くの交差点で信号待ちをしている60代と思われる男性に「天守閣は黒ずみつつありますよね」と問いかけると、「もう薄汚れておる。きれいにした櫓(リの一渡櫓、二渡櫓)と比べてみると、ようわかる」という的確な回答をえた。

 

 行政サイドは、「白過ぎ城」と揶揄されたことへの対応策として、大天守が黒ずんでいくのを放置しているように思える。ではあっても、半世紀ごとの大修理まで黒ずみを放置することなく、白壁の改修に限定した修復工事により、大天守と小天守のトーンを統一する「化粧直し」が実行されることを期待したい。

 

 開城時刻である午前9時には、天守へ至る順路(時計回り)は見学客で渋滞を起こす。自分のペースで見所を見極め、写真をじっくりと撮影するには、逆回りのコースを選択すると、その壮大な姿を気持ちよく堪能することができる。

 

 新型コロナウイルスが流行する以前は、姫路城に限らず、日本全国の名城では外国人観光客の数は増加傾向にあった。城好きとすれば、じっくりと探査するには好ましくはない状況ではあった。姫路城であれば、大手門から大天守へ至る順路には、中国からの観光客の姿が目立つのに対し、千姫の小径、清水門、姫路市立美術館など、メインスポットから外れたエリアでは彼らの姿は激減し、欧米からの旅行者の姿が散見される傾向にあった。

 

 姫路城は、繰り返して訪れても見尽くすことのできない名城であり、外国人観光客に限らず、リピーターを増加させるための「おもてなしの心」が観光地としての発展的継続への鍵なのだと思う。

 

「一番好きな城」と聞かれると、素直に答えることができないものの、「一番何度も行きたい城」であれば、姫路城と即答できる。本項では、何度も行きたくなる名城の鑑賞指南として、まずは「現存十二天守」を取り上げていきたいと思う。

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外川 淳とがわじゅん

1963 年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学部日本史学専修卒。中世から近代の軍事史に造詣が深く、歴史ファンとともに古城、古戦場をめぐる歴史探偵倶楽部を主宰。主な著書に『地図から読み解く戦国合戦』(ワック)『戦国大名勢力変遷地図』(日本実業出版社)など。Yahoo! ブログ「もっと² 地図から読み解く戦国合戦」では、紹介しきれなかった写真や取材成果を掲載の予定。

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