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江戸の疫癘防除(えきれいぼうじょ)~疫神社の謎㉓~

鬼を滅する禁厭(まじない)~『鰯の頭も信心から』

イワシなど青魚の焼いた生臭い煙を嫌ったといわれる鬼、魔物、疫神

鬼とは無縁の来訪神であったが、近代化の過程で鬼文化の一角に組み込まれてしまったとされるナマハゲ

 北多摩の火祭りの中に、疫神に絡んだ神事はなかったんだろうか?

 

 まず、資料にある節分の催事記を開き、目を皿のようにして探していった。

 

 どうして節分なのかといえば、そう、鬼やらいがあるからだ。

 

(追儺で祓われる鬼は、疫鬼。つまり、疫神だ)

 

『各家ではマメガラに目刺し、そして柊(ひいらぎ)を用意し、一家の主人がヤイカガシを打った。囲炉裏にマメガラをくべ、それに炮烙(ほうらく)をかけてマメを炒る。そして、マメガラに刺した目刺しの頭をこの火で炙り〝悪い虫の口アキ申す〟とか、あるいは〝五穀の害虫焼き殺せ〟などと唱えたのち、唾を目刺しの頭にひっかけた。これは同様にして三回、繰り返す(略)この日は、鬼や魔物、疫病神などが家に入って来ようとするので、それを防ぐためにヤイカガシやマメ撒きをするのだ』

 

 ヤイカガシは、「焼い嗅がし」と書く。マメガラというのは大豆の枯れ枝のことで、目刺しとあるのは干物のメザシをいう。枯れ枝に青魚の頭を挿して柊の葉を添える手作りの魔除けなんだけど、単に戸口に掛けておくだけではなく、文中にあるように呪法がある。呪法というとなにやら大それた印象があるけれど、要するに悪鬼や疫神を追いはらうためのまじないだ。

 

 それも、引用してあるように、かなり品が悪い。

 

 といっても、これはなにも北多摩に限ってのことではなくて『日本民俗大辞典』や『日本民俗事典』などによると、たとえば信州では「大根の花の虫の尻焼き頭焼き」と唱えたようだし、甲州では「ヘビヘビ、ゲジゲジ」という単語も何度か繰り返し、遠州では「ヤイカガシの候、隣のバンバア、屁をひってウンシャラクサイ」と唱えたものらしい。どれもこれも、えげつない。

 

 ただ、多くの地方では、干物のメザシではなく生魚のイワシとされる。

 

 というのも、 カタクチイワシやウルメイワシを干して焼いたとき、頭がとても小さくなってしまい、戸口に飾るには恰好が悪いからなんだけど、どうやら、北多摩あたりでは干物を用いたらしい。まあ、干物だろうが生魚だろうが、要するに青魚であればそれを焼いたときにその大量の油のせいでとてつもなく煙が出る。

生魚のイワシを焼いたとき、油のせいででる煙が魔除けに大切だった

 平安の頃、京都ではイワシではなく、ナヨシが用いられた。名吉という字に引っ掛けた出世魚の鯔(ナヨシ、イナ、ボラ)を柊の葉と共に注連縄(しめなわ)に掛けていたらしいんだけど、ともかく、鬼はこの青魚を焼いた生臭い煙を嫌う。さらに柊の尖った葉が鬼の目を突き刺し、鬼はたまらず退散するというものだ。

 

 だから、柊鰯(ひいらぎいわし)ともいわれるそうだ。ちなみに、この魔除けが『鰯の頭も信心から』という諺の語源になっている。鰯の頭のようなつまらないものでも信心深い人にとっては尊くおもえてしまう、というような意味になる。話がそれた。疫鬼の話をしなくちゃいけない。

 

事始めと事納めの逆転が起きていたムラとマチ、そして魔物祓い

 

 北多摩地域の市史だけでなく『日本大百科全書』『国民百科事典』『民間信仰辞典』などの資料も持ち出し、さらに目を通していくと、江戸時代から昭和時代の前半にかけて、旧暦と新暦の微妙な差はあるものの、ともかく、北多摩では二月八日をヨウカゾウともコトハジメとも呼び、こんな行事をしたとも記されている。

 

『白飯に、オコト汁と称してケンチン汁を作って灯明とともに神棚や仏壇に献じ、家族の者も皆で食べる(略)この日にやって来るとされていた鬼や魔物を追い払うためであった。(略)フセギという行事も併せて行っていた。(略)当番のものが、水木という木を割って各家の軒数分のフセギを作っておく。(略)フセギというのは木札のようなもので、その木の削面に〝疫神祭病魔退散之脩〟などと墨書しておいたものだった。(略)こうすると、悪魔や疫病神が家に入って来ないとされていたのであった』

 

 なんとなく蘇民将来の禁厭を彷彿させる。(でもまあ、それはおいといて、ヨウカゾウだ)

 

 ヨウカゾウは12月8日のことだと、資料にはある。

 

 けれど、すこしばかり、多摩の訛りが感じられる。というのも、関東の多くの地域では、2月8日と12月8日の行事を事八日(コトヨウカ)と呼ぶからだ。

 

 2月と12月の両日ともに神事を行うところでは、2月8日をコトハジメ、12月8日をコトオサメと呼ぶ。全国に広げて見てみると、地域によっては、逆に呼んでいるところもある。この場合、12月8日に事始めをして、2月8日に事納めをする。

 

 なぜ、そういうことになるのかといえば――。(そうか、ムラとマチか)

 

 ムラと呼ばれる農業地域では、作事を始める2月8日を事始めとし、作事を終える12月8日を事納めとした。これに対して、マチと呼ばれる商工業地域では、年越しの神事に重きをおいていたため、12月8日あるいは12月13日を事始めとし、挨拶回りや正月の支度をおこない、その一連の行事を終えるのを2月8日としていた。

 

(そんなことから、ムラとマチでは、事始めと事納めが逆にされたんじゃないか?)

 

(次回に続く)

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秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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