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江戸の疫癘防除(えきれいぼうじょ)~疫神社の謎⑱~

北多摩地域は、7つの疱瘡神社で守られていた⁉

伏せられた神社名と、自邸の庭先に小祠を建てて祀られる屋敷神

立川諏訪神社、山王稲穂神社、笹森稲荷神社、布多天神社、柴崎稲荷神社、武蔵野八幡宮にある武蔵野の6つの疫癘社 地図/戸澤徹

柴崎稲荷に疫癘神社が関連する“しるし”が見当たらない。

 

(たしかめなくちゃ、末社を)

 

 柴崎稲荷を出た足で、そのまま、調布市の図書館へ急いだ。

 

 図書館は、調布駅から数分の文化会館たづくり内に置かれている。館内の暖房と救いの神のスポーツ飲料に命拾いし、郷土史の資料が置かれている書架をめざした。さすがに都下有数の公立図書館らしく資料には事欠かない。所狭しと列べられた資料の中から『調布市百年史』を取り出し、柴崎稲荷を調べてみたら――。

 

(あるじゃん)

 

 主祭神は倉稲魂命(うかのみこと)で、併神は大山咋命(おおやまくいのかみ)と菅原大神。由緒を紐解けば『古くは天満宮山王稲荷合社と称して、羽黒派の修験寺、三界寺が所有していた』と記してある。

 

(やっぱりそうだ。あの三夜塔は、このお寺の境内に建てられたものだったんだ)

 

明治の神仏分離で荒廃し残された北野山遍照院三界寺の三夜塔写真/稲生達朗

 つまり、もともとこの地には北野山遍照院三界寺っていう古刹(こさつ)があって、明治の神仏分離のせいで荒廃し、その後、現在の社殿が建てられて稲荷社だけが残されたものらしい。ちなみに江戸期に別当を務めていた三界寺はまったく廃されたというわけではないようで、後身の寺院がある。やや南へ下った摂生山光照寺がそれで、昭和3年の建立とある。

 

(それより、疱瘡神社を見つけなくちゃ)

 

 境内末社の欄に目を走らせれば、田島稲荷、三峯社、疱瘡神社という記載が見える。

 

(あった)

 

 心の中で、叫んだ。

 

(でも、どうして……)

 

 現在の柴崎稲荷の末社に社名の札が掲げられていないのか、その理由はわからない。

 

 ただ、疱瘡神社の場合、こういうことはたびたびある。

 

 独立した小祠だったりするとなおさらで、村はずれの大木の根方に可憐な祠(ほこら)だけが残されていることがあり、ときに近所に奇特な住人がいたりすると、心ばかりの花が活けられているのが目についたりする。

 

 それについてはともかく、柴崎稲荷の場合、末社は合祀社で、疱瘡神だけが祀られているわけでもないし、そもそも末社とはいうものの堂々とした社殿が建てられているわけだから、村里の辻などで見かける小祠とは違うはずだ。なのに、なぜ、社の名が伏せられているんだろう。どうも、判然としない。

 

(だからといって、追及できるものでもないしな)

 

 気を取り直して、末社に疱瘡神社が置かれている社を探してみれば、あとひとつある。

 

 布多天神社だ。

 

(つまり、調布市内には、疱瘡神社はたったふたつしか存在していないってことか)

 

 ただし、屋敷神まで含めると、数が異なってくる。

 

 屋敷神というのは自邸の庭先に小祠を建てて祀ったものだけど、稲荷社や観音堂がそれにあたる。調べてみれば『調布市史』が編纂されたときに市内の屋敷に伝えられていた疱瘡祠は、三つ、存在していた。

 

武蔵野の六つの疫癘神社が北斗七星で囲むかのように

 

 ともあれ、北多摩地域で、疱瘡神社が末社として置かれているのは、これで六つ判明した。立川諏訪神社、山王稲穂神社、笹森稲荷神社、布田天神社、柴崎稲荷神社、そして武蔵野八幡宮の六つ社だ。

 

 地図を開いて、赤い丸印を加えてゆく。そして、軟らかい鉛筆で、うっすらと線を引き、六つの社を繋いでみる。すると、どうだろう。まるで、何者かの意思が働いてでもいるかのように、北斗七星に近づいているのが、ありありと見て取れた。

 

(できすぎなんじゃないか)

 

 おもわず唸り、腕を組んで考えてみる。

 

(こんなに都合好く運ぶものなのかな?)

 

 ふと、そのとき――。

 

 なにげなく見過ごしてしまいそうな一文が、目に留まった。

 

 羽黒派の修験寺っていう語句だ。

 

 それと、今も見たとおり、末社のひとつに三峯社と記されてる。

 

(どういうことだ。碑の富士講まで含めたら、修験道が三派も重なってるじゃないか)

出羽国羽黒山の山岳信仰で羽黒権現を崇めた修験道・ 羽黒派の石碑。写真/稲生達朗

(次回に続く)

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秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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