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江戸の疫癘防除(えきれいぼうじょ)~疫神社の謎⑮~

神域だけが持つことのできる〝気〟をまとった稲荷神社

厳かな霊気を感じさせる武蔵・小金井の神社群

 

笠森稲荷神社の鳥居(小金井市) 写真/稲生達朗

 より大きく、より美しく、より見事に育ってゆく火焔(かえん)は、闇に閉ざされた村をこうこうと照らし、あちこちの田畑や川端からも望まれるようになる。あちらにそちらにあかあかと照らし出された社殿が望まれ、やがてその祀り火は七つを数える。

 

 疱瘡神から村人を守るための火なのだ。そう感じた。

 

 やっぱり、もう、後には退けない。

 

 そうおもった瞬間、頭の真ん中に、国領(こくりょう)のカサモリ稲荷が浮かんできた。

 

(待てよ。カサモリ稲荷って、小金井にもあるじゃん)

 

 たしかにある。

 

 小金井の方は漢字で、笠森稲荷(かさもりいなり)神社と書く。

 

 大久保からふたたび西をめざして武蔵境で西武多摩川線に乗り換え、新小金井で降りた。駅の裏側へ廻り込み、連雀通(れんじゃくどおり)へ出、斜め左手に顔を向ける。すると、見つけた。石造りの稲荷鳥居をくぐった先に、朱を塗られた小ぶりの鳥居がいくつも並んで、稲荷塗りの社殿まで誘ってくれている。

 

 狭隘(きょうあい)な社地ながらも、桜の古木も佇み、どことなく厳かな霊気を感じさせる。

 

 神域だけが持つことのできる〝気〟だろう。

 

(まちがいない)

 

 祭神は倉稲魂神(うかのみたまのみこと)だけれども、副え神として疱瘡神も祀られていたと確信した。

 

笠森稲荷拝殿(小金井市) 写真/稲生達朗

 運の好いことに、この神秘的な稲荷の裏手には、小金井市立図書館がある。飛び込んで、資料を検索した。備え付けのパソコンに叩き込んだのは『北多摩神社誌』『新編武蔵風土記稿』『小金井市史』の三点だ。見つけた。蔵書されている。

 

 そこには、笠森稲荷は天文元年の創建、とある。

 

(天文年間ってことは、まちがいなく江戸中期だ)

 

 さらに眼で追っていけば『笠森いなりさまと称し、特に難病平癒に霊験いちじるしく、お陰報賽奉納の鳥居が大門に立錐の余地無く立てられ、その名も遠く千葉・埼玉に及び広く崇敬されている』とある。

 

(ほら、やっぱり)

 

 なんとなく、ほくそ笑みたくなる。

 

(ここにいう難病は、おそらく疱瘡だろう)

 

 現在でこそ小ぢんまりとした稲荷社だけれども、資料の記載に従えば、隆盛を極めた江戸期は社地も広大で、疱瘡の快癒(かいゆ)を祈る民衆の奉納した丹塗りの鳥居が、果てしなく建ち並んでいたことだろう。

 

 そんな脳裏をよぎった。

 

 図書館をあとにしたぼくは、そのまま国分寺崖線(がいせん)のはけを下り、もうひとつ、頭に浮かんできていた社をめざした。

 

 野川沿いの天満宮、小金井神社だ。笠森稲荷の兼務社だというから、もしかしたら、境内に疱瘡神社が鎮座しているかもしれない。そう、期待した。

 

御大典の際の奉安倉を再利用した笠森稲荷の兼務社(小金井神社) 写真/稲生達朗

 ただ、結果はすこしばかり微妙だった。

 

(ちょっと、厳[いか]めしすぎやしないか?)

 

 熊野神社と疱瘡神社の合祀された、戸惑うくらいに厳めしいベトンの社殿で、堂々たる切妻(きりづま)屋根を備えた住吉造りだ。ただし、千木と堅魚木(かつおぎ)は見られない。妻入りの正面に扉はないものの、その刳(しゃく)り貫かれた空間には、これまた見事な神明造りの社殿が鎮められている。しかも、見るからに新しい。

 

 いったいどういうことだろうとおもっていたら、案外かんたんに疑問は解けた。

 

 どうやら、昭和3年の御大典の際に建立された奉安倉を再利用したものらしい。奉安倉というのは教育勅語を安納しておくための建物で、戦前、国民学校に置かれていたもののようだ。それが、戦後になってから、疱瘡神社として、あたり一帯の総鎮守となる小金井神社に奉納されたらしい。

 

(いや、稲荷社が疱瘡神を祀っている場合もあることがわかっただけでも充分だ)

 

 ならば、布多天(ふだてん)神社の東方、武蔵野八幡宮の南方に、稲荷社は置かれてないだろうか。

 

 そう頭をひねったとき、ひとつの社が瞼の裏に蘇ってきた。

 

小金井神社本殿 写真/稲生達朗

(次回に続く)

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秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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