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江戸の疫癘防除~疫神社の謎⑩~

合祀された祭神名からわかる寺社、供養塔の関係

武蔵野八幡宮の七つの祭神名を提灯で確認

 

武蔵野八幡宮の7つの祭神の名前が記された提灯 写真/稲生達朗

 武蔵野八幡宮の祭神(さいじん)は、誉田別尊(ほむたわけのみこと)こと応神(おうじん)天皇、大帯比賣命(おおたらしひめのみこと)こと、神功(じんぐう)皇后の八幡三神、比賣大神(ひめおおかみ)こと豊受大神(とようけのおおかみ)で、八幡宮の基本が守られている。こののち陸奥に八幡大菩薩を勧進してゆく田村麻呂の基点になった八幡宮だったのではないかとさえ思えてくるけど、それは擱(さしお)く。

 

(疱瘡神社があったはずなんだけどな)

 

 井の頭弁財天の道標を左手に境内をゆくと、流造(ながれづく)りの摂社(せっしゃ)が見えてきた。

 

 七つの社が合祀(ごうし)された堂々たる社殿で、正面左右に下げられた提灯に書かれた社名を読んでいけば、大鳥神社、出雲(いずも)神社、三島神社、厳島(いつくしま)神社、稲荷神社、須賀(すが)神社……。

 

(疱瘡神社)

 

 やっぱりあった。

 

 疱瘡(ほうそう)神に巡り合って喜ぶというのもおかしな話だが、なんだか旧友に再会したような気分にすらなる。けど、この摂社は、祭神がうまく選ばれている。

 

 大鳥神社は武運の神・日本武尊(やまとたけるのみこと)、

 

 出雲神社は夫婦の神・大国主神との妻である三穂津姫尊(みほつひめのみこと)、

 

 三島神社は山海の神・大山積神(おおやまつみのかみ)、

 

 厳島神社は航海の神・宗像三女神(むなかたさんじょしん)、

 

 稲荷神社は食物の神・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)……。

 

 ただ、須賀神社が祀られているのは、なんとも絶妙だ。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)。つまり祇園信仰で、となりに鎮座している別当寺の安養寺との橋渡し役になっているような気もするし、疱瘡神社の輔佐に就いているような気もしてくる。

 

安養寺で須佐之男が庚申(こうしん)信仰と結びつく

 

 そんな気になる須佐之男命のこともあって、吉祥寺四軒寺の一山でもある安養寺へも足を向けた。

 

 すると、門前に石仏が並んでいる。江戸に幕府が開かれて半世紀ほど経った時代の庚申供養塔で、このあたりでは最古の碑だという。ただ、馬頭観音とおぼしき碑は馬の字が半分欠け、それに続く文字はすべて削り取られている。哀れをもよおしたが、そのとなりの舟形光背(ふながたこうはい)の石仏に目が留まった。足元に三猿を置いた立像だ。

 

足元に三猿を置き、文字が削り取られた青面金剛明王の碑(安養寺)写真/稲生達朗

(青面金剛明王……)

 

 庚申信仰の本尊にあたる青面金剛(しょうめんこうごう)立像が残されているということは、このあたりに庚申講が流行り、また疫神(やくしん)退散を祈った時代があった証にもなる。なるほど、安養寺でこちらの石仏が供養されているから、須賀神社は八幡宮に合祀されているんだ。

 

武蔵野では最古とされる碑と石仏が並ぶ安養寺・庚申供養塔 写真/稲生達朗

 納得できたものの、庚申講と青面金剛について詳しく筆を進めていては、この稿のまとまりがつかなくなってしまう。それら、北多摩における講、庚申信仰、そして青面金剛については、また触れる機会もあるだろう。

 

(ともかく、調布、小金井、吉祥寺の三か所に疱瘡神社を見つけられた)

 

祇園信仰で、武蔵野八幡宮の隣に鎮座している別当寺・安養寺 写真/稲生達朗

(次回に続く)

 

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過去記事

秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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