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江戸の疫癘防除(えきれいぼうじょ)~疫神社の謎⑤~

ひとつひとつ異なっている合祀された社の建築様式

入母屋造りの伝統的形式で建てられた社殿

道真が天神に祀られる前からあったと伝えられている布多天神社(東京都調布市)

 昭和が終わろうとする頃、ぼくは、映画会社の東映に就職した。

 

 配属された先が東京大泉撮影所だったものだから、都下の三多摩に住んだ。平成を迎えて作家になってからも三多摩に含まれる北多摩に住み続け、令和の今でも気晴らしに散歩をするのが日課になっている。散歩はいろいろな道があるのだが、調布あたりをぶらぶらするのもそのひとつだ。

 

 大学時代、大映で助監督をしていて、調布にある東京現像所や東映化工(現・東映ラボテック)とかにはたまに出向くこともあり、そんなことから、市内の風物にはしばしば目を留めていた。だからだろう、映画の制作現場を離れた今になっても、ついつい、そんな慣れ親しんだところを散歩してしまう。

 

 その日も、ぼくは、調布駅から東京現像所の方角へ向かっていた。

 

 途中に、布多天神社がある。

布田五宿と布多天神社、東京調布付近の略地図

 ひさしぶりにお参りでもしようかなと思い、鳥居をくぐった。境内は、縁日になると骨董市が立って、興味をそそられる品々が出されているが、この日はなく、里神楽(さとかぐら)も演じられておらず、まるで人の気配はなかった。

 

 神楽殿の前を過ぎて拝殿へ顔を向けたとき、ふと、斜め右手が気にかかった。

 

 というより、初夏の木漏れ日の下、なにかに誘われたような気がした。

 

(そういえば、境内の奥にお稲荷さんがあったな)

 

 足を向けてみると、稲荷社だけではなく、大鳥神社と金比羅神社が合祀(ごうし)されている。こちらの天神さんは十一月には酉の市もあるから摂社として置かれているのは当然であるのだが、よく見れば、その奥にさらに末社が鎮座している。それも、小さな祠がひとつ屋根の下に三つ並んでいる。順に、目で追った。

 

(疱瘡神社、祓戸神社、御嶽神社……

 

 どれも砂岩か凝灰岩を鑿(のみ)で彫り上げたもののようだが、興味深いのは列んでいる社の建築様式がひとつひとつ異なっていることだ。

 

 御嶽神社は入母屋(いりもや)造りに唐破風(からはふ)をつけた入母屋破風、祓戸(はらいど)神社は正面の屋根が長く延ばされた流(ながれ)造りになっている。

 

 疱瘡神社は、全国的に見られる入母屋造りだった。こうした石祠(せきし)は時にピラミッド状の宝形造りとされることもあり、その場合、てっぺんに宝珠と呼ばれる丸石が置かれ、見ようによっては疱瘡神塔に近くなる。が、こちらの疱瘡神社は、きわめて一般的な様式だ。

東アジアで伝統的な屋根、入母屋造りの部分・厳島神社社殿

(次回に続く)

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過去記事

秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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