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江戸の疫癘防除(えきれいぼうじょ)~疫神社の謎⑫~

「異形の塔」から見えてきた武蔵野の疫癘地図

吉祥寺の赤三角印に諏訪神社を繋ぐと見えてきた疱瘡神社

武蔵野の諏訪神社(立川市)に鎮められている疱瘡神社 撮影/稲生達朗

 昭和記念公園の近くでお茶を呑みながら、また地図を広げた。赤のマジックを取り出し、諏訪神社に丸印をつける。吉祥寺でつけた赤印を結んだ三角形に向かって、マジックで線を引いた。諏訪神社と山王稲穂神社が繋がった途端、瞳が吸い込まれた。

 

(これ、▽に把手がついたような形になってるじゃん)

 

 柄杓(ひしゃく)に似てないか。

 

 そこでおもいだされるのは、北斗七星だ。

 

 このとき、ぼくは妙な興奮を覚え始めていた。

 

(疱瘡神社を結んでゆくと、北斗七星になっちゃうんじゃないか?)

四か所を繫ぐと、▽に把手がついたような形となる武蔵野の疱瘡神社

 江戸の中期から後期にかけて、北多摩の地に疱瘡(ほうそう)が蔓延し、庶民は散々に痛めつけられた。あいついで近親者を、特に子供も多く失い、身も心も疲れ果ててしまったとき、疱瘡神を封じ込め、退治してくれる薬神を祀らんとした。そして、そのとき、もしかしたら、疱瘡社を北斗七星の見立てとして建立していこうと発案したのではないか。

 

(星座をそっくりそのまま大地に降臨させようとしたんじゃないのか?)

 

 そんな想像が、脳の中を巡り始めていたからだ。

 

 でも、

 

(おい、待てよ)

 

 つとめて、冷静になろうとした。

 

 北斗七星は、柄杓の底が平になっている。つまり、柄杓は三角形ではなくて台形だ。もしも、布多天神の東西どちらかに疱瘡神社があれば、台形ができるだろうけど、果たしてそんなにうまくいくものだろうか。

 

(いや、いく。いけるはずだ)

 

 地図にふたたび目を落としたとき、頭に浮かんできたのは國領(こくりょう)神社だった。

 

 國領神社は、布多天神からだと甲州街道の旧道を東へ向かえば行き着ける。境内社があったかどうかは記憶がなかった。けれど、ご神木の藤の木はなんでも江戸開府の頃に最初の花を咲かせたらしいから、疱瘡神社があいついで北多摩の地に建立されている時代も、やはり季節ともなれば境内は藤色に包まれていたことだろう。充分に、期待できる。

 

(こうなったら、国領まで行ってみるしかない)

 

 日をあらため、出かけることにした。

布多天神社と布田五宿(ふだごしゅく)の東側に国領はある(東京調布付近)

 けれど、疱瘡神社はなかった。

 

(そんなにうまく運ぶわけないか……)

 

 ちょっぴり昂揚して、なんだが不思議な世界に足を踏み入れたような気になっていたんだけど、頭から冷や水を浴びせられたような気分だ。

 

 ただ、聞くところによると、國領神社もまた布多(ふだ)天神のように遷座したという。

國領神社(東京都調布市国領町)撮影/稲生達朗

(次回に続く)

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秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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