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江戸の疫癘防除~疫神社の謎⑪~

立川・諏訪神社の末社で「異形の塔」に出会う

異形の塔を武蔵野・立川の疱瘡神社に見つけた

 

疱瘡神社が鎮められている武蔵野の諏訪神社(立川市) 撮影/稲生達朗

 

 武蔵野八幡宮の近くにはいつも使っている喫茶店があり、そこで地図を開いて確認した。赤いマジックで、布多天(ふだてん)神社、山王稲穂(さんのういなほ)神社、武蔵野八幡宮に丸印をつけてゆく。すると、やけに綺麗な三角形になっているのに気がついた。

 

(わざと置いたみたいな正三角形じゃないか)

 

 といっても、ぼくの記憶どおり立川に疱瘡(ほうそう)神社が鎮(しず)められていれば、この三角形は崩れてしまうし、かといって綺麗な四角形になるというわけでもないだろう。そんなふうに考えた。ところが、これが大きな間違いだった。

 

 立川まで足を延ばしたことが、不思議な発見に僕を引きずり込んでいったからだ。

 

(まいったなあ)

 

 中央線の立川駅から歩いてほぼ10分、諏訪神社の境内社の前でぼくは呟いた。

 

 思ったとおり、眼の前に疱瘡神社があったからだ。

 

 いや、まいった、という言い方は好くない。自分の記憶が正しく、ほんとうに存在していたという安堵(あんど)と吃驚(びっくり)の入り混じった感情とでも言えばいいんだろうか。でも、まいったなあという以外にちょうどいい言葉が出てこなかった。

 

(どんどん深みに嵌まっていきそうな気がするけど)

 

 そう思いつつ、境内を見回した。

 

武蔵野にある布多天神社、山王稲穂神社、武蔵野八幡宮、諏訪神社の位置関係 地図作成/戸澤徹

 

諏訪・八幡・稲荷各社の唐破風が按配よく調和した諏訪神社本殿 撮影/稲生達朗

 

 諏訪神社は二度の火災を経験して、平成14年に再建された。だからだろうか、諏訪・八幡・稲荷各社の唐破風(からはふ)が按配(あんばい)よく調和して、居並んだ本殿のみならず、境内の隅々まで清々しさと爽やかさを盈(み)たしている。

 

 もっとも、火災に見舞われることなく残った末社だけは、風雪と共に過ごしてきた歳月を如実に物語っている。覆い屋の中には、内削ぎ(うちそぎ)神明造りで茅葺(かやぶき)の浅間神社、外削ぎ(そとそぎ)神明造りの金比羅(こんぴら)神社、流(ながれ)造りの日吉神社が古色蒼然と並んでいる。どれも木造で、小ぢんまりとはしているものの、とても凝った作りになっている。祭神は、順に、木花之佐久夜毘売命(このはなさくやひめ)、崇徳(すとく)天皇と大物主命(おおものぬしのみこと)、大山咋神(おおやまくいのかみ)だ。

 

右から順に浅間神社、金比羅神社、日吉神社、疱瘡神社が並ぶ諏訪神社・末社 撮影/稲生達朗

 

 けれど、その三社と並列した疱瘡神社だけ、雰囲気が異なっている。

 

 小さな覆い屋根の下に御幣が添えられ、そこに石祠(せきし)が鎮められているんだけど、一般的な社殿を彫り上げたものとはまるで違う。宝珠、丸屋根、笠、台座、そして火袋から構成されている。なにに似ているかといえば、織部灯籠(おりべとうろう)の上部だけを取り外したようだ。

 

(神塔だろうか)

 

 それにしても、なんて見事な造形なんだろう。

 

 塔の下には基壇(きだん)が据えられ、疱瘡神に対して失礼のように配慮されている。その気遣いがまた好い。祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)のようだけど、これほど異風な疱瘡神塔は滅多に拝められないのではないか。類を見ないというか、ただならぬ霊気というか、異形の神塔としか表現のしようがない。まいったなあという感想は、ここでも洩れてしまう。

 

 いや、

 

〝もっとよく見よ。よく調べ、よく探し、よく訪ねよ〟

 

 誰かがそんな呼び掛けをしているような、そんな気がした。

 

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過去記事

秋月達郎あきづき たつろう

作家。歴史小説をはじめ、探偵小説から幻想小説と分野は多岐にわたる。主な作品に『信長海王伝』シリーズ(歴史群像新書)、『京都丸竹夷殺人物語: 民俗学者 竹之内春彦の事件簿』(新潮文庫)、『真田幸村の生涯』(PHP研究所)、『海の翼』(新人物文庫)、『マルタの碑―日本海軍地中海を制す』(祥伝社文庫)など

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