×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画
通販

歴史上の人物を四柱推命で鑑定!第99回~総集編・前編~

①エネルギーの強さ ②天才肌 ③策略家 四柱推命ランキング・ベスト3を発表!

徳川秀忠、細川忠興… 偉大な父を持つ2代目には天才肌が多い⁉

現在の江戸城跡(千代田区千代田)。吉宗は8代将軍として、少数の選りすぐった側役とともに入城した。

 

 これまで約150名の歴史上の偉人を四柱推命で鑑定してきた本連載「歴史上の人物を四柱推命で鑑定!」は、まもなく第100回目を迎える。そこで、今回から2回は、総まとめと題し、その中でも特徴のある人物をランキング形式で紹介していく。今回は、エネルギーに特化し、特徴的なエネルギーを持つ人物(エネルギーが強い、エネルギーが弱く天才肌、パワフルな策略家)を発表する。

 

※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

☆エネルギーが強い人物

 エネルギーの強さを表すのが、命式表の中の運勢エネルギーだが、336で表され、数字が大きい程エネルギーが強いと判断する。平均は15と言われる。

 

 これまで鑑定した中で、最もエネルギーが高かったのが、江戸幕府の8代将軍で「暴れん坊将軍」として知られる徳川吉宗と、戦国時代に天下統一を果たした織田信長、続いて「西国の雄」として知られる毛利元就という結果になった。いずれも、平均の倍以上のエネルギーを持つ。

 

「中興の祖」として知られ、「享保の改革」で「上米の制」「定免制」「新田開発」「公事方御定書」等様々な改革を推し進めた徳川吉宗。そのエネルギーの強さはだれもが納得するところだろう。しかし、吉宗はもともと紀州藩主の四男。紀州藩は御三家の1つだが、将軍家、尾張家に継ぐ3番目。しかも、四男であった吉宗は普通で考えると、将軍はおろか、紀州藩主にもなれなかった。しかし、兄が次々と亡くなり藩主になれたかと思えば、将軍家の血が絶えて吉宗に将軍の座が回ってきたのである。普通では考えられないことが次々と起こる…それも強いエネルギーを持つ吉宗の天啓だったのだろう。

 

 また、同等の強いエネルギーを持つ織田信長。天下統一を果たした信長のエネルギッシュさはだれもが知るところだろうが、その信長がお手本とした武将こそ、西国を統一した毛利元就だ。家康顔負けの健康オタクだった元就は、当時には珍しく、75歳まで生きた。そのため、知らない人も多いだろうが、信長、秀吉、家康からすると、一世代、二世代も早い武将だ。3人が同世代だったら日本はどうなっただろうかと、思わず考えてみたくなる。

 なお、第4位は、シーボルトと結城秀康で、運勢エネルギーはいずれも29だった。

☆エネルギーが弱い人物

 反対に、運勢エネルギーが最も弱かったのは、第2代将軍・徳川秀忠、続いて、細川藤孝の嫡男・細川忠興3番目に大老・井伊直弼の時代の老中・間部詮勝(まなべあきかつ)という結果になった。運勢エネルギーが低いのは、体力がないという意味でなく、天才肌ととれる。

 

 低い運勢エネルギーは、徳川秀忠や細川忠興のように、偉大な父親の2代目にみられる傾向と言えるだろうか。豊臣秀吉の嫡男・豊臣秀頼も、運勢エネルギーは11と目立って低い。2代目は、のらりくらりとしていたほうが、何かと得なのかもしれない。

 

 徳川秀忠は家康の三男。長男の信康、次男の結城秀家はいずれも非常にエネルギーが強かった。親子間での下剋上もあり得る戦国時代。いくら息子とは言え、強いエネルギーの2人は、家康にとって、恐るべき存在だったのかもしれない。信康は謀反の疑いで自害に追い込まれ、秀家は養子に出された。一方の秀忠は権力に対して欲のない人物で、「将軍職は先君から賜ったものであり、自ら得たものではない」といって、すべて控えめだったという。

 

 間部詮勝は、大老・直弼の元で実務を行い、朝廷から日米修好通商条約調印の勅許を得るとともに、安政の大獄に奔走した。直弼を首相とすると、詮勝は官房長官。「井伊の赤鬼」に対し、「間部の青鬼」と呼ばれた。エネルギーが低いことで、井伊直弼と上手にバランスを取っていたのだろうか。

☆強靭なパワーを持ち悪知恵が働く策略家!

 八相局(はっそうきょく)とは、通変星の中に同じグループの星を4つ以上持つ人を指す。八相局は、スケールが大きくエネルギッシュ。周りの人のエネルギーを吸い取ってしまうほどのパワーを持つ。

 

 これまで鑑定した偉人の中で、八相局は6人しかいない。上に挙げた以外では、加賀100万石を築いた前田利家、井伊直弼の参謀・長野主膳、徳川家康に仕え「徳川四天王」に数えられる、井伊直政だ。

 

 中でも、今回挙げたベスト3、スレイマン1松平信康渋沢喜作の3人は、自立心の星を4つ持ち合わせていることから、八相局の中でも最もスケールの大きい、劫局(ごうきょく)となる。劫局は、悪知恵が働き、裏で政治を動かせる「ドン」だ。人付き合いが上手で高い社交性があり、海外で成功できる。自国では収まりきらないほど強い自立心を持っていると言えるだろうか?

 

「強靭なパワーを持ち悪知恵が働く策略家」ナンバー1に名が挙がったスレイマンだが、彼は劫局だけでなく、運勢エネルギーも28と非常に高く、十二運星に、王様の星=帝旺(ていおう)と、王子様の星=建禄(けんろく)を持ち合わせている。スレイマンは統治している46年間に13回もの大胆な対外遠征を行い、イスラムの主要な都市(メッカ、メディナ、エルサレム他)、バルカン地方の大部分、中央ヨーロッパの一部、北アフリカの大部分、西アジアの一部まで領土を拡大した。軍事面だけでなく、法律、文学、芸術、建築などを発展させ、オスマン帝国を最盛期に導いた。

 

 そのスレイマンに匹敵するのが、徳川家康の長男・松平信康だ。家康の命を受け、21歳で自害に追い込まれた信康だが、その要因については、これまで様々な学者が憶測を重ねてきた。筆者の見解では、信康のこのパワフルさと悪知恵の働き具合を考慮すると、信康が策略を用いて武田家と繋がり家康の謀反を画策したのだろうと推測する。信康が策を巡らし、家康を陥れようとしていたとすると、危機感を感じた家康が信康を自害に追い込んだことも納得がいく。

 

 また、大河ドラマ「青天を衝け」で脚光を浴びている、渋沢栄一の従兄・喜作が同様に劫局を持っていたというのも興味深い。

 

 以上、「歴史上の人物を四柱推命で鑑定!」の総まとめ①では、エネルギーに着目し、特徴的なエネルギーを持つ人物を見てきた。次回の総まとめ➁では、性格の特徴に着目し、最も真面目な人物、最も変わっている人物、お人よしの人物等について、ランキング形式で発表する。

オスマン帝国のスルタン・メフメト2世が、コンスタンティノーブルを征服したのちに建造したトプカプ宮殿。スレイマン1世も居城とし、15世紀中頃から19世紀中頃まで帝国の君主が居城とした。

■四柱推命とは?

 古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。

 

 具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。なお、ここでは生まれた時間は鑑定に含めていない。

KEYWORDS:

過去記事

妃萃(本名:油川さゆり)(ひすい)
妃萃(本名:油川さゆり)ひすい

青森県八戸市出身。慶應義塾大学 社会学研究科 教育学専攻 修士課程修了、同研究科 同専攻 後期博士課程在学中。2013年鳥海流・鳥海伯萃より四柱推命の指南を受ける。これまで500人以上を鑑定。多数の弟子を輩出。

元放送局報道記者。フリーアナウンサーとして、BS11の番組にレギュラー出演しているほか、ナレーターや司会として活動中。日本の歴史、伝統芸能を伝えるため、歴史勉強会、その他イベントを主宰。自身も大和言葉、辞世の句、武田氏と油川氏等について講演活動を行う。合同会社真己、共同代表。また、2016年6月から「カミムスヒ」というソングユニットで歌手活動を開始。手話検定3級、ホームヘルパー、視覚障害者ガイドヘルパーの資格を持ち、社会福祉活動に積極的に携わる。

最新号案内

歴史人 2021年8月号

保存版特集【日米開戦80年目の真実】

建艦競争から軍縮会議、そして日米開戦…なぜ太平洋戦争は回避できなかったのか? ――米英ソが描いた世界大戦への謀略―― 真珠湾奇襲攻撃から米軍に反攻を許したミッドウェー海戦・インパール作戦、 日本軍最後の決戦硫黄島・沖縄戦、そして本土空爆・ポツダム宣言・玉音放送まで 太平洋戦争のすべてがわかる一冊!