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歴史上の人物を四柱推命で鑑定!第96回~尾高惇忠(あつただ)~

渋沢栄一にも影響を与えた富岡製糸場の初代場長とは?

頭脳明晰、好奇心旺盛ゆえ波乱万丈だったからこそ成功した人生

惇忠が初代場長を務めた富岡製糸場。今日では世界遺産としても知られ、多くの観光客で賑わっている。

 歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 

 今回は、大河ドラマ「青天を衝け」で、渋沢栄一の兄貴分、田辺誠一さんが演じる尾高惇忠を四柱推命で鑑定する。鑑定の結果、惇忠が波乱万丈な人生を送った理由が明らかになった。

 

尾高惇忠                                                                                                   

生年月日: 文政13727日(グレゴリオ暦:1830913日)

尾高惇忠:文政13年7月27日生まれの命式表

 惇忠の生年月日から命式表を割り出すと上記のようになる。この中で、性格を表す、通変星・蔵干通編星をわかりやすく円グラフに表すと、知性40%、攻撃力40%、遊び心20%、人脈0%、自立心0%という結果になった。

尾高惇忠:文政13年7月27日生まれの性格

知性…様々な分野の知識が豊富で、何かを学ぶことに喜びを感じる。頭の回転が速く、物事を論理的に捉えることが上手

 

行動力…頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強く、交渉力や営業力を磨けば成功できる

 

人脈…さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる。サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力も高く人を動かせる。

 

自立心…他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性。リーダーシップを発揮しフリーで活躍できる。

 

遊び心…楽しいことを企画する等、生活に遊びを取り入れることが自然とできる。芸術面の才能があり、表現力が豊富。

 

 これらを材料に、惇忠の性格を読み解いていく。

 

○霊感が強く頭がいい!「壬午」の持ち主!

 日柱の干支に「壬午(みずのえうま)」を持つ惇忠。「壬午」は、60個ある干支のうち、18番目の干支だが、異常干支(いじょうかんし)と言われ、他と違う特性を持っている。「壬午」は、別名、禄馬同群(ろくばどうぐん)とも言われ、頭脳がよく、慈悲心に富み、幸福が自然と集まる。衆人の尊信を得て名誉・名声を博する星。また、霊感が強い星としても知られる。

 

 惇忠は、実業家として、富岡製糸場の初代場長、第一国立銀行仙台支店支配人などを務めた。惇忠の誠実な人柄に人々は信頼を寄せたという。禄馬同群ゆえの活躍ぶりだったのだろうか。

 

 惇忠のように、「壬午」を日柱の干支に持つ有名人には、松嶋奈々子さん、小泉進次郎さん、ザッケローニ元サッカー日本代表監督等がいる。

 

〇行動力40%

 命式表に「正官(せいかん)」と「偏官(へんかん)」を持っている。いずれも行動力の星であり、頭で考えるよりも先に行動に移すエネルギッシュさを持つ。正官は、真面目に仕事をこなすお役人気質で、偏官は攻撃的、野性的な性格だ。行動力が全体の40%を占めている。

 

 惇忠は国の将来を憂い、幕府の開港を痛烈に非難して、それを説いた。惇忠は栄一や(渋沢)喜作とともに、攘夷計画を密儀した。高崎城を乗っ取り兵備を整えた上で、一挙に横浜を焼き討ちして、外国人を片っ端から切り殺してしまうという戦略だ。親戚郎党約69名を集め、文久3年の冬至の日に決行する予定で、着々と準備を進めた。結局弟の長七郎の強い説得によりとん挫するが、強い攻撃力、行動力を持っていたことは確かだろう。その後、喜作らと彰義隊(しょうぎたい)を創設、脱退後に振武軍(しんぶぐん)を結成し官軍と戦い、飯能の戦いで敗走した。

 

 しかし、負け犬で終わらないのが敦忠である。明治2年に、明治政府が備前渠取入口(びぜんきょとりいれぐち)の変更を計画した時、惇忠は、水路が変わることで水不足になり作物が育たなくなる可能性があると、地元農民の先頭に立って民部省に訴え(備前渠取入口事件)、事件を解決へと導いた。これがきっかけで惇忠は民部省に入ることになるのだ。行動を重ねることで道を開く、これが惇忠のやり方なのだろう。

 

〇頭のいい三大星を持つ!頭がいい!

 命式表に「印綬(いんじゅ)」「偏印(へんいん)」「傷官(しょうかん)」を持っている。これらは頭のいい三大星と呼ばれる。印綬は知識が豊富で、学校の勉強がよくできる。偏印は、アイディアが豊富で企画力がある。傷官は交渉能力がある。三大星を合わせもつ惇忠が相当高い能力を持っていたのは、容易に想像がつく。

 

 惇忠は幼少の頃より学を好み、17歳で私塾「尾高塾」を開いた。栄一はここに7歳から通い、小学・蒙求(もうぎゅう)・四書(ししょ)・五経(ごきょう)・左伝(さでん)・史記・日本外史等を学んだ。10歳に満たない栄一が驚くべき読書力だと感心するが、教える側の惇忠にはそれをはるかに勝る知識量があったはずだ。

 

 民部省に入った惇忠は、官営富岡製糸場の建設に計画当初から携わった。建築資材である、煉瓦(れんが)やモルタルは、当時の日本ではほとんど知られていなかった。惇忠はアイディアが豊富で企画力もあったようだ。地元深谷の韮塚直次郎(にらづかなおじろう)に煉瓦づくりを託した他、煉瓦を接着するためのモルタルは、日本固有の漆喰を改良して使用することを考え出し、 同郷の左官職人、堀田鷲五郎・千代吉親子に考案させた。惇忠のアイディアから生まれた、富岡製糸場の煉瓦積みは、漆喰によって長年にわたり強固な壁面を形成している。

 

〇優しい性格で、人に教えるのも得意!

 惇忠は自身の性格を最もよく表す場所、「主星」(しゅせい:月柱の蔵干通変星)に、「印綬」を持っている。印綬は上で紹介したように、頭がよく学校の勉強が得意な星であるが、同時に、優しく人に教えることが得意な星でもある。

 

 惇忠の教育法はユニークだったという。教え子の素質をいち早く見抜き、引っ張り出すのがうまかった。授業の中には読書指導があったが、惇忠は、机の上でかしこまって読むだけでなく、道を歩きながらでも構わないから、自分の気の向いたときに読むのが一番よいと指導した。このようなのんびりした教育が、栄一の知識欲と向学心を刺激したといえよう。

 

 惇忠は、富岡製糸場の工場長に就任すると、働き手を武家や良家の女性に限定。その女性たちに、製糸と直接関係ない数学や国語などの教育も一般教養として伝えた。この取り組みが後の日本の近代化を後押しした。教える相手のことを考え、指導するのが得意だったのだろう。

 

〇超好奇心旺盛で、飽きっぽい!

 命式表の十二運星に、「沐浴(もくよく)」と「胎(たい)」を持っているが、いずれも好奇心旺盛で飽きっぽい意味を持つ星。十二運星は人の輪廻転生を意味するが、沐浴は少年、胎は赤ちゃんを表す。つまり、沐浴は思春期の少年のように何をするかわからず、突発的に事を起こす可能性がある。現代で例えると、突然海外に行って放浪を始めたり、駆け落ちをしたり、浮気に走ったりする。胎は生まれたばかりの赤ちゃんのように、様々なことに興味を持ち、目新しいことがあるとすぐに目移りをする。

 

 惇忠はかなり波乱万丈な人生だ。もともと攘夷派で過激思想の持主だった惇忠が、新政府に入り殖産興業に尽力。明治9年に場長の職を辞した後は国立第一銀行の盛岡・仙台支店に勤務し、同地の経済発展に尽力しながら製藍の製造と普及に務めた。1か所にはとどまっておけない性格で、波乱万丈だったからこそ成功した人生と言えるだろう。

 

 四柱推命鑑定の結果、惇忠は頭がいい教育者である一方で、思ったことをすぐに行動に移す好奇心旺盛な性格だったことが明らかになった。

 

「藍香(らんこう)ありて青淵(せいえん)あり」。渋沢栄一が残した言葉だ。「藍香」とは惇忠の雅号であり、「青淵」は栄一のことだ。つまり、「今日の自分があるのは惇忠のおかげである」というのだ。惇忠と栄一との関係性に注目をしながら、今後の大河ドラマの行方を見守りたい。

 

富岡製糸場の主要な建物は、木の骨組みに煉瓦で壁を積み上げて造る「木骨煉瓦造」という西洋の建築方法で建てられた。

 

【参考文献】

・「渋沢栄一」 土屋喬雄 吉川弘文館 (1989

・「事業構想家の哲学尾高惇忠と『人づくり』」池内治彦 

事業構想PRPJECT DESIGN ONLINE HP  https://www.projectdesign.jp/201408/philosophy/001549.php (2021316日最終アクセス)

・「富岡製糸場 初代場長 尾高惇忠」

独断富岡HP  http://www.dokudantomioka.iihana.com/odaka.html  (2021316日最終アクセス)

 

■四柱推命とは?

 古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。

 

 具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。なお、ここでは生まれた時間は鑑定に含めていない。

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妃萃(本名:油川さゆり)ひすい

青森県八戸市出身。慶應義塾大学 社会学研究科 教育学専攻 修士課程修了、同研究科 同専攻 後期博士課程在学中。2013年鳥海流・鳥海伯萃より四柱推命の指南を受ける。これまで500人以上を鑑定。多数の弟子を輩出。

元放送局報道記者。フリーアナウンサーとして、BS11の番組にレギュラー出演しているほか、ナレーターや司会として活動中。日本の歴史、伝統芸能を伝えるため、歴史勉強会、その他イベントを主宰。自身も大和言葉、辞世の句、武田氏と油川氏等について講演活動を行う。合同会社真己、共同代表。また、2016年6月から「カミムスヒ」というソングユニットで歌手活動を開始。手話検定3級、ホームヘルパー、視覚障害者ガイドヘルパーの資格を持ち、社会福祉活動に積極的に携わる。

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