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ほんとに実在したのか? 城跡すら見つからない幻の城・帰雲城

地震で一夜にして消えた城の伝説

本当に実在したのか⁉ 地震で、一夜にして消えた城。土砂に埋もれた内ヶ島氏の居城

 

 世界遺産・白川郷の近くにそびえる帰雲山。その山中にあったとされる帰雲城は多く伝説や謎が語られる実在した城だ。城跡すら見つからない、この城の謎に迫る。

 

 帰雲城(かえりぐもじょう)は、飛騨の国衆・内ヶ島(うちがしま)氏の居城であった。岐阜県大野郡白川村に所在したとされるが、戦国時代の天正(てんしょう)地震によって、城下ごと消滅してしまったとされる。

 

帰雲城跡

岐阜・保木脇に立つ帰雲城跡の碑天正地震の山の崩壊では、内ヶ島氏一族、家臣、 町民らの大部分も命を落としたと伝わる。

 

 天正地震は、天正13年(1585)におきた大地震だった。世の中は豊臣秀吉による天下統一が進みつ
つあるころで、秀吉も地震の発生当時は近江にいたものの、すぐに大坂城へ戻っている。被害は飛騨を中心に、北は越中・加賀・越前・若狭、南は美濃・近江・尾張・三河・伊勢などに及んでいる。震源は飛騨とみられるが、日本海岸では津波の被害を受けているため、同時に群発地震がおきたものかもしれない。

 

 本願寺11世・顕如(けんにょ)の側近であった宇野主水(うのもんど)が記した『顕如上人貝塚御座所日記(けんにょしょうにんかいづかござしょにっき)』には、帰雲城の様子が次のように記されている。

 

「飛州ノ帰雲ト云在所ハ、内嶋ト云奉公衆アル所ナリ。地震ニ山ヲユリクツシ、山河多セカレテ、内嶋ノ在所ヘ大洪水ハセ入テ、内嶋一類地下人ニイタルマテ、不残(のこらず)死タルナリ。他国ヘ行タリタル由申訖。彼在所ハコト〳〵ク淵ニナリタル也」と。

 

 このように、同時代の史料には伝聞であるとはいえ、帰雲城の惨状が記されている。
 現在、帰雲城の遺構は見つかっていないものの、土砂崩れの痕跡は残されている。地震で城と城下が消滅したというのは事実であろう。

 

帰雲山

天正地震で崩れたとさ れる帰雲山の崩落跡城まるごと理没したと伝わ り、城や城下町などがどこ に形成されたのか現在でも 謎とされている。
写真/白川村役場提供

監修・文/小和田泰経

『歴史人』2021年5月号 「全国津々浦々 未だ明かされていない城の謎と伝説」より)

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