フランスが生んだデルタ翼の「蜃気楼」【ダッソー・ミラージュIII】
超音速時代の到来~第2世代ジェット戦闘機の登場と発展~【最終回】
第2次世界大戦末期から実用化が推進された第1世代ジェット戦闘機は、朝鮮戦争という実戦を経験して完成の域に達した。そして研究はさらに進められ、亜音速で飛行する第1世代ジェット戦闘機を凌駕する超音速飛行が可能な機体が1950年代末に登場。第2世代ジェット戦闘機と称されて、超音速時代の幕が切って落とされた。前シリーズに続いて本シリーズでは、初期の超音速ジェット戦闘機(第2世代ジェット戦闘機)について俯瞰してゆく。

オーストラリア空軍のダッソー・ミラージュIII。
第2次世界大戦の初期にドイツの軍門に下ったフランスは、占領下においてドイツのための航空機生産を継続。一方、ドイツ支配下のフランスから逃れて連合国側で戦った自由フランス空軍の関係者は、アメリカやイギリスで生産された軍用機の運用と整備を通じて、両国の航空関連技術を会得した。
戦後、ドイツの統治から解放されたフランスは国土の再建を目指し、その動きのなかで、独自の航空産業の再興にも力を注いだ。その結果、戦前からフランスに存在しており、戦中はドイツのために活動していた航空関連企業に、連合軍とともに戦った自由フランス空軍関係者、フランス敗戦時、ドイツに連行されて敵国の航空機産業にかかわった技師や労働者、戦中もフランスに残って働いていた技師や労働者が、同国の航空機産業に流入。さらに、いまや敗戦国となったドイツが進めていたジェット機の研究データが、アメリカやイギリスを経由するなどしてもたらされ、ジェット戦闘機の開発が進められた。
こうして第1世代のジェット戦闘機が造られ、続いて第2世代ジェット戦闘機の時代となったとき、フランス空軍はジェット戦闘機同士の本格的な空戦が戦われた朝鮮戦争の戦訓に基づき、国内航空機メーカーにジェット軽戦闘機の開発を求めた。しかし、この要請に応えて開発された各社の機体は、いずれも小さすぎて将来的な発展性に乏しいことが判明する。
そこでフランス空軍は、ダッソー社のミステール・デルタというデルタ翼を備えた軽戦闘機の大型化を要求し、同社はミラージュIIIを開発。水平尾翼を備えないデルタ翼機の飛行特性を備えた本機を制式化した。なお、本機はまだフライトテスト中だった1958年10月24日にマッハ2を記録。ヨーロッパで開発された機体として初めてマッハ2を超えた。ちなみにミラージュとは、フランス語で「蜃気楼」という意味である。
フランス空軍は、このミラージュIIIの高性能を評価し、迎撃戦闘機型、制空戦闘機型、戦闘爆撃型などのシリーズ派生型を開発。後者は核爆弾の運用能力も備えていた。
ミラージュIIIシリーズは外国でも採用されており、特にイスラエルは早い時期に本機を導入してシャハク(ヘブライ語で「天空」の意)の愛称で重用。無断で本機のコピーまで行ってネシェル(ヘブライ語で「鷲」の意)を生産し、その発展改良型のクフィール(ヘブライ語で「子獅子」の意)まで造って中東戦争に実戦に投入している。