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宇多源氏の嫡流で鎌倉時代のころより名門として名を轟かせるも「ホタル大名」と陰口を叩かれながら明治まで家名をつむいだ「京極家」の歴史とは⁉【戦国武将のルーツをたどる】

戦国武将のルーツを辿る【第22回】


日本での「武士の起こり」は、遠く平安時代の「源氏」と「平家」に始まるという。「源平」がこれに当たるが、戦国時代の武将たちもこぞって自らの出自を「源平」に求めた形跡はある。だが、そのほとんどが明確なルーツはないままに「源平」を名乗ろうとした。由緒のあるか確たる氏素性を持った戦国大名は数えるほどしかいない。そうした戦国武将・大名家も、自分の家のルーツを主張した。絵空事も多いが、そうした主張に耳を貸してみたい。今回は宇多源氏の嫡流で鎌倉時代のころより武家の名門として名を轟かせた「京極家」の歴史にせまる。


 

京極高次が功績により与えられた小浜藩の本拠・小浜城跡(福井県小浜市)。

 

 六角氏と京極氏は、ともに宇多源氏の流れを汲む御無味守護・佐々木信綱(ささきのぶつな)の3男・4男の家である。六角氏は信綱の3男・泰綱が、愛智川(えちがわ)以南の近江六郡(犬上・智知・神崎・蒲生・栗田・志賀)を与えられ、京都の館が六角東洞院にあったことから「六課氏」を称した。これに対し京極氏は、信綱の4男・氏信が江北六郡(愛智・犬上・坂田・伊香・浅井・高島)を相続し、京都にあった館が京極高辻にあったことから「京極氏」を称した。両家は兄弟家でもあった。

 

 南北朝の動乱に際して京極氏は、足利尊氏に従って各地を転戦し、5代・佐々木髙氏(道誉)の時には、近江・上総・出雲・隠岐・飛騨の守護に命じられ、さらには室町幕府の重職も担った。また、道誉は「婆娑羅(バサラ)大名」とも呼ばれ、奇行などでも知られたし、文化人としても文学に通じ、和歌・連歌・立花も良くし、近江猿楽の保護者でもあった。

 

 応仁・文明の乱(1467~77)では、京極氏は東軍に属して戦ったが、六角氏は西軍に属した。六角氏を凌駕したことで京極氏は存在感を示した。しかし、蘭語には内訌が起き、当主・高清と叔父の政経との間の家督争いは、明応元年(1492)まで続いた。家督は、高清が総領職を継ぐことを室町幕府10代将軍・足利義稙に認めてもらってカタが付いた。ただ、この内訌には六角氏も加わっており、抗争はなおも続いた。

 

 このために高清は美濃・梅津まで逃れることもあった。やがて北近江に復帰するが、それもつかの間、大永3年(1523)には、家臣団の重臣・上坂氏らの排除目指す動きがあり、その中心に近江の国人・浅井亮政(すけまさ)がいた。亮政らは上坂とともに京極高清・高吉父子を国外追放にした。そして新たな守護として高広(高延)を選んだ。この後に、京極氏は浅井氏に実権を奪われて、事実上の没落となる。

 

 代わってきた北近江の実権を握った浅井氏は、長政の代になって妻・お市の方の兄・織田信長との抗争で敗れ滅亡すると、京極家は高次(たかつぐ)によって再興が図られた。

 

 本能寺の変によって信長が横死し、天下は豊臣秀吉のものとなった。秀吉は、高次の姉で美貌を歌われた京極龍子を側室(松の丸殿)にした。龍子は、柴田勝家を破った後に引き取ったお市の方の娘3人(茶々・お初・お江)を養育している。こうした姉・龍子の縁によって、高次は秀吉から近江・高島郡の大溝1万石を与えらた。さらに秀吉の側室となった茶々(淀殿)の妹・お初を秀吉の取りなしで正室にしたことなどから、順調に石高を上げていくのだが、その経緯を踏んだため、卑猥な言い方だが「妻や姉の下半身で出世した大名」と囁かれ「螢(ほたる)大名」などとまで揶揄された。

 

京極高次の姉弟で、豊臣秀吉の側室となった「松の丸殿」。(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)

 

 そして関ヶ原合戦の慶長4年(1600)9月、高次は、東軍に付いた。居城の大津城を立花宗茂などの攻撃から守り、西軍の大軍を釘付けにした功績を買われ、合戦後には若さ・小浜9万2千石を与えられる。その子孫は何度かのお家断絶の危機を乗り越えて、讃岐・丸亀藩6万石の藩主として明治維新を迎えている。

 

 

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江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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