【未解決事件】なぜ人々は“放置された”毒入りドリンクを飲んだのか? 13名もの犠牲者を出した「パラコート連続毒殺事件」は、危機管理能力の欠如に原因が!?
世間を騒がせた事件・事故の歴史
いつの時代にも、情報弱者、正常バイアスが強い人、または危機管理意識の低い人が一定数存在し、そのことで事件・事故の被害者や犠牲者になってしまうことがある。1985(昭和60)年4月から11月にかけて全国各地で発生した毒物混入による無差別殺人事件「パラコート連続毒殺事件」は、その典型例だと考えられる。何者かが自動販売機周辺に毒入り清涼飲料水を放置。それを偶然発見し、「誰かの取り忘れ」と思って、あるいは状況を十分に判断できずに飲んだ人が、少なくとも13名(男性12名、女性1名)死亡したのである。警察、メーカー、メディアが注意を呼びかけたが、“もう1本のドリンク”に手を出してしまう人は途切れなかった。事件の詳細を追ってみよう。
<前編/後編の前編>
※地名はすべて当時
■解毒剤のない猛毒
「清涼飲料水に農薬 飲んだ運転手が死亡」(朝日新聞1985年5月2日夕刊)
1985年4月30日、広島県福山市で45歳の男性が、自動販売機の上に置かれていた瓶入りのドリンクを飲んだ。直後に具合が悪くなった男性は2日後に死亡。警察の調べによると、瓶の中に農薬の「パラコート」が混入されていたことがわかる。パラコートは、1965年に日本で発売された農業用除草剤だ。1985年当時、24%濃度の液剤が市販されており、印鑑を持参すれば18歳以上なら誰でも購入できた。そして、成人の経口致死量は8~16mlとされ、解毒剤は存在しない。
当時の日本では、この毒殺事件を受けて、過去に発生した2つの事件を思い出した人も多かっただろう。ひとつは、1977年の「青酸コーラ無差別殺人事件」だ。各地に青酸ソーダが混入されたコーラ瓶が放置され、それを飲んだ人のうち2名が死亡、2名が意識不明の重体となった。また、同時期には青酸化合物入りのチョコレートが都内の駅で放置される事件も起きている(関連性は不明)。もうひとつは、「グリコ・森永事件」である。1984年から「パラコート連続毒殺事件」の直前まで、「かい人21面相」を名乗る犯人による食品メーカー各社への脅迫が続き、青酸入りの菓子がばら撒かれるなどの行為が確認された。これらはいずれも、現在に至るまで未解決事件のままである。
こうした事件の影響もあり、食品・飲料メーカーは商品のパッケージや容器の改良を進めていたが、1985年当時はまだ、一度開栓したドリンクを未開栓に見せかけることが可能だった。
■連続毒殺の拡大と社会的背景
1985年9月、NTTが携帯電話「ショルダーフォン」を発売したばかりの時期である。メディアの主役は、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌といった“オールドメディア”だった。そんななか、新聞紙面には次のような見出しが躍った。
「連続? ドリンク殺人 農薬混入 自販機受け皿に 京都・大阪・三重」(朝日新聞1985年9月16日朝刊)
大阪府泉佐野市では9月11日に52歳の男性が、三重県松阪市では9月12日に22歳の男性が、それぞれ自動販売機の取り出し口に置かれていたドリンクを飲み、死亡した。大阪ではパラコートが、三重ではその類似毒物「ジクワット」が検出された。また、同年7月には京都府福知山市でも48歳の男性がパラコート入りドリンクを飲んで死亡しており、その件も併せて報道された(※1)。
当時はまだ500mlサイズのペットボトルが一般的ではなく、ウォーターボトルで水を持ち歩く習慣もほとんど存在しないため、外出中に喉の渇きを癒す手段としてドリンクの自動販売機は重要な存在だった。加えて、自販機の設置数自体が非常に多かったため、誰かの“取り忘れ”と思しき飲料を偶然見つけることは、頻繁ではないが、現実に起こりうることではあった。
とはいえ、これだけ類似の事件が報道されれば、自分が買っていない“もう1本ドリンク”を警戒した人が増えたことが容易に想像がつく。現代の言葉を使えば、“死亡フラグ”だと捉えたに違いない。それにもかかわらず、以降もパラコート入りドリンクによる死亡事例が相次ぐのだった。9月19日、福井県今立町で自販機下にあったコーラを飲んだ30歳の男性が数日後に死亡。9月20日には宮崎県都城市で45歳の男性が、23日には和歌山県九度山町で50歳の男性が、いずれも同様の経緯で死亡した。「なぜ、“もう一本のドリンク”を飲んでしまうのか?」。連続殺人の報道に接し、疑問に思った人が大多数だろう。だが、この3つの事件後も、パラコート入りドリンクは各地に放置され、さらに犠牲者が出る異常事態が続いた。
【後編】では、更に続く無差別殺人の動向と、動機不明の犯人像にフォーカスしていきたい。
※1 京都の事件は一連の犯行を模倣した自殺の可能性が指摘され、「パラコート連続毒殺事件」に含まれないケースが多い。

除草剤(イメージ)/AC