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平将門の愛妾・桔梗御前は「スパイ」だった? 藤原秀郷がおくりこんだ美女の謎

日本史あやしい話


桔梗御前といえば、平将門の妾として知られる女性である。白拍子であったところを将門に見初められて妾になったというあたりが、よく流布するところのお話だろう。しかし、実は藤原秀郷の謀によって将門に近づけられたとみなされることもある。スパイとして将門の秘密を暴くというのが狙いであった。鉄身の強靭な身体を誇る将門、唯一の弱点がコメカミであったと暴露されたことで、そこを射抜かれて死んでしまったというのだ。


 

■新皇と称して朝廷に反旗?

 

 平将門といえば、新皇と称して朝廷に真っ向から反旗を翻した御仁、そんな風に思っておられる方も少なくないに違いない。ただし、それが将門の実像を反映したものであったのかどうかといえば、筆者は「否」と答えたい。彼が自ら望んで朝廷に反旗をひるがえした訳ではないと思えるからだ。行きがかり上、止む無くこうなってしまった…というのが、偽らざる本音だったのでは?何はともあれ、いったいどんな人物だったのかから振り返ってみることにしよう。

 

 そもそも将門とは、桓武平氏の祖とされる平高望の孫である。臣籍降下した高望が、その子共々上総および下総に土着。その跡を継いだのが将門であった。桓武天皇から数えて5代目に当たるというから、高貴な出自であったことは間違いない。ただし、祖が桓武天皇であるとはいえ、5世も離れてしまえば、その肩書きなど、さほど通用するものではなかった。藤原氏に仕えて、滝口衛士の地位に甘んじるしかなかったのだ。

 

 ただし、地元に帰れば話は別。それなりに所領も多く、一族内でその帰属を巡って、もめることも少なくなかった。極め付けが、父の所領を横領した伯父との激突である。これを将門側が打ち破ったことを皮切りとして、襲いかかる一族を次々と制覇。その躍進ぶりがあまりにも凄まじかった故にか、あれよあれよという間に、関東一円にその名が知られるようになっていったのだ。

 

 やがて、国守とも対立。あくまでも豪族どもを管理下に置きたい国守と、一族を制して勢いづく将門。たまたま、税を納めなかったとしてお咎め中の藤原玄明を、将門がつい義侠心の余り匿ってしまった。これが国司側からすれば許せざることで、結局攻め込まれてしまうことに。こうなると、将門も抵抗せざるを得なくなって反撃。不本意にも将門は、朝敵の汚名を着せられてしまった…という訳である。ここまでくれば、「もはや突っ走るしかあるまい」との思いが募ったものか、行きがかり上止む無く、新皇を名乗ってしまったのだ。

 

 結局、命を受けて出陣してきた押領使・藤原秀郷と甥の平貞盛が4千もの兵を率いて攻め込んでくることに。いつもの将門であれば、これも容易に追い払うこともできたかもしれないが、運悪く兵員の多くを故郷に帰した直後であった。寡兵では如何ともし難く、奮闘も虚しく流れ矢が額に命中して、あえなく討死してしまったのだ。撥ねられた首は京の都に運ばれ、七条河原において、史上初の晒し首(獄門)にされた。その首が空高く舞い上がり、東の空へと消えていったとも。落ちたところが、現東京都千代田区のビル街のど真ん中にある将門塚辺りだったと、まことしやかに語られているのだ。以上が、よく知られるところの将門の首伝説である。

 

■桔梗御前は秀郷側のスパイ?

 

 将門の不思議なところは、この首伝説をはじめ、鋼鉄のような強靭な体であったという鉄身伝説や、七人もの影武者がいたという影武者伝説等々、実に奇怪な伝説が数多く伝えられているところである。中でも筆者が一番興味を抱いたのが、将門の妾とされる桔梗御前に関する伝説であった。

 

 この女性、もともと藤原秀郷の姉あるいは妹で(将門の母あるいは娘とも言われることも)、秀郷の謀によって、将門の妾となったと伝えられることもあるのだ。

 

 それが本当のことかどうかは計りかねるが、彼女が秀郷側のスパイとして将門に近づき、その動向を逐次秀郷に伝えていたとか。中でも最も重要な機密とされたのが、鉄身の強靭な身体を持つ将門の弱点であった。それが唯一、コメカミであると伝えたことで、そこを射抜かれて死んだと、まことしやかに語られている。もちろん、将門が恨みに思ったことはいうまでもない。挙句、桔梗御前を呪い殺したとまで伝えられているからおぞましい。

 

 ただし、茨城県取手市に伝わる伝承では、将門が討たれたことを知った桔梗御前が、この地にまで逃げ延びてきたものの、追っ手に見つかって殺されてしまったとか。後に建てられたのが、桔梗塚であった。また、桔梗御前を哀れんでか、この辺り一帯(桔梗が原)で育つ桔梗は、花が咲かないのだとも。桔梗といえば、紫色の綺麗な花が印象的であるが、それがあまりにも妖艶過ぎるところからか、思い余って死までイメージしてしまうというのは考えすぎだろうか。

 

 ともあれ、この桔梗御前自身もなかなかに謎めいた女性で、前述したように、秀郷の姉あるいは妹で、入水自殺を図った後、霊魂がサメとなって祟り出たと見なされることもあった。そればかりか、沼に身を投げて大蛇になったとも。伝承地の多さばかりか、内容も実に多彩で、なかなかに、ユニークな女性なのだ。さらには、事件の主人公である将門とその妾・桔梗御前だけでなく、将門の娘とされる滝夜叉姫(五月姫)が、将門の死後、再興を目論んで妖術使いとなった話や、将門を討ち取った秀郷の百足退治伝説等々、取り巻く御仁までもが、ことごとく謎めいているというのも不思議。将門を慕う者がいかに多かったかを物語っているような気がしてならないのだ。

茨城県取手市米ノ井にある桔梗塚。桔梗御前がここまで逃げ延びたものの、追っ手に捕まってしまったという。/撮影:藤井勝彦

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藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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