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「淫らな伯爵夫人がいる」と暴露された伯爵夫人・徳子 上流階級の一大スキャンダル「不良華族事件」とは

炎上とスキャンダルの歴史


■注目を集めた上流階級の女性たちのスキャンダル

 

 昭和8年(1933年)、「昭和恐慌」まっただなかの日本の失業率は8%を突破しました。これは世間に失業者がかなり目立ち、職がある人もいつクビになるかわからない恐怖を抱えている状態です。

 

 そんな年の秋、東京の上流階級のマダム御用達のダンスホール「フロリダ」を舞台とした醜聞記事が新聞に踊りはじめ、世間から大きな批判を浴びることになりました。

 

 のちに「不良華族事件」と呼ばれたこのスキャンダル発覚のきっかけは、同年1115日づけ「東京朝日新聞」の記事「女性群を翻弄して悪魔は踊る フロリダ舞踏教師の謙虚で暴露された情痴地獄」でした。

 

 毒々しいタイトルに苦笑してしまいますが、ハイソサエティのマダム、マドモワゼルたちから大人気ダンス講師の小島幸吉(当時25歳)は、「フロリダ」などで20人近くの「女の群」に取り囲まれ、「色魔の幸ちゃん」などと呼ばれながら華麗なるプレイボーイライフを満喫していたのです。

 

 戦前日本の男尊女卑ぶりは、「婚外恋愛」においても顕著でした。男性の不倫は見て見ぬふり。しかし女性の不倫とその恋人男性は姦通罪の対象として締め上げるのです。小島幸吉が狙われたのもそれゆえでした。しかし小心者の小島は官憲の取り調べにいとも簡単に真実を吐き出しました。

 

 自分がこれだけ多くの女性たちに囲まれていられるのは、吉井徳子伯爵夫人の引き立てがあったからというのです。徳子は、新進の歌人として注目を浴びる吉井勇伯爵の妻でした。吉井伯爵が徳子と結婚したのは、歌人で徳子のおば・柳原白蓮から、徳子を紹介されたのがきっかけです。

 

 柳原白蓮――彼女は、当時になっても「白蓮事件」という大正期のスキャンダルによって世間の注目を浴びる女流歌人でした。白蓮の2人目の夫は九州の石炭王・伊藤伝右衛門でしたが、不幸な結婚生活を短歌で癒やすしかなかった白蓮は、ひょんなことで知り合った宮崎龍介という社会運動家と駆け落ちするという大胆さによって日本中を騒がせたのです。

 

 この結果、柳原伯爵家出身だった柳原白蓮こと燁子(あきこ)は、実家から勘当され、同時に華族身分も失ってしまう「除族」というペナルティを受けていたのですね。「柳原白蓮」というペンネームを終生、使い続けた彼女の実生活は波乱続きでした。

 

 そして昭和8年、今度は「あの」白蓮の姪・徳子の醜聞が登場したのです。世間の好奇のまなざしは凄まじいことになりました。

 

 徳子は当初、東京近郊の住まいを出て行方をくらましたのですが、2日後、警視庁によって居所を突き止められています。すると彼女は態度を一転させました。女性関係の激しい夫から愛されぬ妻として、自分の婚外恋愛をペラペラとしゃべりまくったのです。

 

 ――が、警察は不品行すぎる伯爵夫人に激怒しました。本来なら天皇家の親戚にあたる柳原伯爵家出身の徳子のスキャンダルはもみ消されても然るべきだったのに、目玉情報を欲する新聞記者たちに「こんな淫らな伯爵夫人がいる」とばかりにすべてをぶちまけてしまったのです。

 

 そしてその結果が1115日づけの「東京朝日新聞」の記事なのでした。ここに日本の上流社会に大きなイメージダウンをもたらした「不良華族事件」の幕が上がったのです。

写真は昭和3年の開業当時四谷にあった國華ダンスホール/『大東京寫眞帖』より

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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