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人気絶頂のなか「不倫愛」がバレて、相手ともども劇団を追放に… 「清純派」の真逆をいった女優・松井須磨子の愛

炎上とスキャンダルの歴史

■「バツ2」でも演技で評価されたが妻子ある男性と不倫

 

 永野芽郁さんと田中圭さんの「不倫疑惑」は、ただの「疑惑」であるにもかかわらず、お二人の芸能活動に深刻な影響を与えています。何かスキャンダルが発覚すると――とりわけ恋愛関係のスキャンダルだと、SNS上での誹謗中傷がとんでもないことになりますね。これはインターネットが普及してからの現象だといえるのですが、スキャンダルを起こした女優・俳優に対し、その周囲が厳しい対応を取ることは、明治時代に遡る日本の「伝統」だといえるかもしれません。

 

 大正2年(1913年)、女優・松井須磨子と、彼女の不倫相手で劇作家・演出家の島村抱月が所属した劇団・文芸協会演劇研究所(以下、文芸協会)を退所し、世間は大騒ぎになりました。松井須磨子は、かねてより熱望していた文芸協会に、「女優としては、唯たくましい体躯を採るのみ」――「ガタイがいいから合格!」という理由で採用されていました。「明治演劇界のドン」・坪内逍遥による評価です。

 

 長野県松代町出身の彼女は、明治の女性としては背が高く、「山国育ち」の「たくましい体躯」の持ち主こそ、海外の名作戯曲を上演することが多かった文芸協会が求める女優像に合致していたようですね。

 

 松井須磨子、本名・小林正子は維新で没落した士族の出身で、近い親戚に海軍中将、のちに男爵を授かった富岡定恭もいる「お嬢さま」でした。親戚筋からは女優になることを大反対されていたそうです。しかし須磨子は明治時代に理想とされた慎ましやかな女性像に収まりきれない女だったのです。

 

 彼女の女性としての経歴はなかなかワイルドなんですね。文芸協会に入った時点で、須磨子は「バツイチ」でした。最初の結婚は1903年(明治36年)。しかしその翌年にはもう離婚しています。離婚理由は千葉の旅館のボンボンだった夫・鳥飼啓蔵に「花柳病(性病)」を移されたから(『信濃畸人傳』など)。

 

 そして病院通いの際に2人目の夫・前沢誠と出会い、「演劇」という新世界を教えられた須磨子は彼とゴールイン。しかし、1908年(明治41年)の結婚から約2年後の1910年(明治43年)10月にはもう離婚しています。演劇活動にのめりこんだ須磨子が家庭生活をかえりみなかったので、夫から離縁されたそうですよ。

 

 そして1911年(明治44年)、文芸協会の新作舞台で、ヘンリック・イプセン原作の『人形の家』のヒロインであるノラ役に、「バツ2」という経歴を持つという理由で須磨子が抜擢されたのです。これは一種の「事件」でした。シェイクスピアの『ハムレット』の舞台で、オフィーリヤ役の熱演が評価された須磨子でしたが、イプセンの『人形の家』は、夫から可愛がられるだけの「人形」のような妻の立場に飽き足らず、ヒロインのノラが家を飛び出していくところで終わる当時世界中で話題の問題作です。難しいノラ役を果たして、須磨子が演じることができるのか……。

 

 『人形の家』の脚本の翻訳、舞台演出を手掛けていた島村抱月にとっても今回の舞台は大きな挑戦でした。高いハードルを、協力しながら乗り越えようという中で、須磨子と抱月は急接近。おそらくこの時点で、男女の関係になっていたと推測する筆者ですが、いわゆるステディではなかったようです。抱月は「名門」島村家の真面目な婿養子であり、早大教授という品行方正を求められる地位にありましたから……。

 

 しかし『人形の家』の大成功にともない、人気を不動にした須磨子に数多くの男たちが言い寄るようになり、それを見ていた抱月は「心配」という名の「嫉妬」をつのらせ、須磨子を自分だけの女にしたくなってしまったのでした。

 

 1913年(大正2年)4――須磨子と抱月の不倫愛が表沙汰になったのと同時期に発表された抱月の戯曲『競争』では、須磨子をモデルとしたヒロイン「たまえ」が男たちから誘惑され、それを見かねた主人公――抱月自身がモデルの「羽庭」に「貴女を救わせて下さい。肉で肉を防ぐのです」という衝撃的なセリフを吐かせています。

 

 「肉で肉を防ぐ」――つまり「僕があなたのステディにならない限り、あなたは男たちの間をフラフラと行き来する堕落した女になってしまう。それを僕は防ぎたい」と解釈しうるセリフなのですが、なかなかすごいですね。

 

 あくまで関係を解消しないと主張する抱月と須磨子は、師匠・坪内逍遥から激怒され、文芸協会を追放されてしまったのでした。

『サロメ』の扮装姿の松井須磨子/『松井須磨子 : 新比翼塚』より
国立国会図書館蔵

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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