朝ドラ『あんぱん』「ここで勤め続ける気はない」と副業や漫画投稿に熱中 三越時代のやなせ氏の働きぶりとは?
朝ドラ『あんぱん』外伝no.63
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第19週「勇気の花」が放送中。薪鉄子(演:戸田恵子)の秘書として毎日忙しく動き回るのぶ(演:今田美桜)。一方、嵩(演:北村匠海)は三星百貨店の宣伝部で働いているが、漫画を描く時間がとれずにいた。のぶに漫画の投稿を勧められた嵩は、かつて千尋(演:中沢元紀)にも同じように背中を押されたことを思い出し、一心不乱に漫画を描き出した。さて、史実でもこの時期やなせ氏は三越百貨店の宣伝部に勤めながら、漫画投稿に力を注いでいた。
■就業時間中に漫画を描き続けていたやなせたかし氏
昭和22年(1947)、やなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)は28歳で再び上京し、かつての同僚が経営する会社で短期間働いた後、同年10月に三越百貨店の宣伝部に就職した。百貨店業界も戦争による物資不足から徐々に立ち直り始めていた。
宣伝部での業務は多岐にわたる。商品のポスターや店舗の内装、ショーウィンドウのデザインはもちろん、三越劇場の新劇のポスター作成も請け負っていた。三越時代のやなせ氏の仕事として有名なのが、現在に至るまで愛され続けている包装紙のレタリングだろう。
戦後復興の途上にある東京、しかもその中心地とあって、刺激的な文化やトレンドがやなせ氏の創作意欲をかき立てた。思う存分デザインや絵の仕事ができる環境に満足もしていた。一方で、やはり「漫画」への情熱は少しも衰えることがなく、やなせ氏は著書において「三越で一生を終えるつもりがなかった」とも記している。
そのため、就業時間中に堂々と外部から依頼された仕事をしていた。いわゆる「副業」である。上司の目の前であろうと、同僚に気づかれていようと関係なかったようだ。さらに、チャンスを掴むべく漫画の投稿も手当たり次第にしていた。そういうわけで、三越の宣伝部のデスクで副業や漫画を描くことに熱中する日々をおくっていた。
しかも私用の電話もよくかかってきたし、三越の仕事と関係のない面会も多かったらしい。しょっちゅう外出もしていて、それを目の当たりにした同僚から驚かれたという。やなせ氏曰く、「三越の仕事をサボっていたわけではなく、1日の仕事をさっさと片付けてしまって残りの時間を有効活用していた」とのことだ。
やなせ氏は当時の自分のことを「その頃のぼくのような部下を持ったとしたらとても我慢できないだろう」と述懐している。「はじめから腰かけのつもりだし、性格もひねくれていて頑固。権威を嫌う自由主義者で束縛も嫌がる」と評するほどだ。確かに他の社員にしてみれば「傍若無人」だろうし、やなせ氏本人も著書で「若気の至り」と反省の言葉を述べているが、裏返せば、漫画という自分の道を一心に追い続ける情熱を持ち続けていたということである。その思いの強さがその後の成功に繋がっていくのだ。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)