「真理の友教会」集団自殺事件が浮き彫りにした“教祖に依存”する宗教団体が抱える課題
世間を騒がせた事件・事故の歴史
宗教団体「真理(みち)の友教会」は戦後の混乱と価値観の変化の中で生まれた。前編では、その教祖・宮本清治の人物像や、教団の構造、そして妻やその母、さらに「神の花嫁」と呼ばれる5人の未婚女性信者たちとの共同生活について触れた。後編では、教祖の死をきっかけに、「神の花嫁」らがどのような選択をしたのか、その詳細に迫る。
<前編/後編の後編>
※文中敬称略
■砂浜で発見された黒い物体
1986年10月31日、肝臓を患っていた教祖・宮本清治が死去した。享年は62または63とされる。信者にとっては、それは絶対的な拠り所の喪失だった。明文化された教義も後継者も存在しない中で、教祖の死は、教団そのものの終わりと重なって感じられていたのではないだろうか。その夜、信者たちは教団の集会所に集まり、「お別れ会」と称する集いを開いた。およそ70人が参列し、信者たちから「神の花嫁」と呼ばれていた未婚の女性信者たちの姿もあった。
翌11月1日の早朝、和歌山市の浜の宮海岸を散歩していた住民が、異様な光景を目にした。煙のようなものが立ちのぼる黒い物体が並んでいたのだ。遠目には流木のようにも見えたが、近づくにつれて、それが人の体であることがわかった。通報を受けて駆けつけた警察と消防によって、7人の焼死体が確認された。いずれも女性で、5人が折り重なるように倒れ、少し離れたところに2人が倒れていた。衣服はほとんど燃え尽き、体には灯油をかぶった痕跡があった。死因は焼死とされ、現場には灯油の容器とともに自殺を示唆する遺書が残されていた。
亡くなったのは、教祖・宮本の妻(42)、義母(67)、そして「神の花嫁」と呼ばれた未婚女性5人で、養女(25)、妻の従姉妹のほか、20代後半から30代の信者たちだった。なお、このとき亡くなった妻は、宮本が最初の妻と離婚した後に結婚した女性で、古くからの信者の娘だった。宮本は彼女が幼い頃から知っており、成長後に結婚したという経緯がある。7人は、教祖のあとを追って自ら命を断ったと見られ、遺書には「神の花嫁として、先生と天国へ行きます」などの文言が記されていた。
宮本は2年ほど前から、肝硬変の悪化により床に伏すようになり、7人がつきっきりで看病にあたった。そんな日々のなかで、「先生が亡くなったら、一緒に天国に行く」といった旨を漏らしていた信者もいたといわれる。この言葉は、教祖への絶対的な信頼と、死後の救いを信じる信仰の深さを示している。
そして、宮本が絶命する前日には、7人のうち1人がガソリンスタンドで焼身用と見られる灯油を購入していた。つまり、来たるべき教祖の死を予見したうえでの、覚悟の行動だったのである。多くが平日の昼間は会社員として一般社会で働いていたが、まさに宮本の存在がすべてだったのだろう。事件から数日後、11月3日に行なわれた合同葬儀は、なぜか浄土宗の僧侶による仏式で執り行われた。教団は解散されることなく、宗教法人として存続した。代表役員には、自死した「神の花嫁」のひとりの兄が就任したとされる。外部への発信は途絶え、教団の実態は不明のままとなったが、残された信者たちの一部が集会所の維持を続けていたという報道もある。
■それは地獄の苦しみだったのか?
1978年11月、アメリカの宗教団体「人民寺院」の教祖ジム・ジョーンズの指示により、南米ガイアナにて約900人の信者が毒入り飲料を摂取して死亡した。1997年、アメリカの宗教団体「ヘヴンズ・ゲート」の信者39人が、宇宙船に魂を移すと信じて集団自殺を遂げた。さらに、2000年にはウガンダの宗教団体「十字架の復興運動」によって、約500人の信者が焼殺や毒殺によって命を落とす事件が発生している。
このように、宗教団体に関連し、自死を中心に多くの人命が失われる事件は世界中で散発的に発生している。日本においてはこうした規模の例は見当たらないが、「真理の友教会」の集団自殺事件は特異な例として記録される。事件直後は、新聞で大きく取り上げられた。また、60代の教祖と、20~30代の女性たちの共同生活は週刊誌などで興味本位に取り上げられることもあった。とはいえ、信者数が少なく、教団も閉じた構造を持っていたためだろうか、社会的関心が続かず、報道の熱は短期間で冷めていった。
燃油をかぶっての焼身自殺は、極めて激しい苦痛を伴う自殺手段の一つだとされる。7人は、壮絶な苦しみと痛みを感じながら死んでいったのだろう。その点のみ考えると、痛ましい、おぞましい事件との印象もある。だが、宗教によっては、死は終わりではない。来世や天国、死後の世界こそが本当の救いだとされることもある。「真理の友教会」の教義は明文化されていないが、当時の報道によれば、宮本は「現世で清らかに暮らすことで、死後に安らかに過ごせる。天国に帰ることが人生の目的である」と教えていたという。7人の女性は、死によって教祖と再会することを信じ、それを救いとして受け入れていたと考えられる。
人間はいつか死ぬ。人間を神と崇めることは、神がいつかこの世からいなくなることを意味している。教祖の存在に強く依存する宗教団体にとって、ひとりの死が組織の存続や信者の信仰に大きな影響を与える可能性がある。このような構造的な脆弱性は、多くの宗教団体が抱える課題である。
前編:神の花嫁たちの選択──「真理の友教会」女性信者7人は、なぜ集団自殺を遂げたのか

イメージ/写真AC