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朝ドラ『あんぱん』「戦死しても悲しむ家族がいないから心おきなく尽くせ」 ビンタの嵐とリンチに支配された壮絶な新兵時代

朝ドラ『あんぱん』外伝no.36


高知の連隊から小倉連隊に転属になった嵩(演:北村匠海)は、班長の神野万蔵(演:奥野瑛太)や古年兵の馬場 力(演:板橋駿谷)らの厳しい指導と理不尽な暴力に耐える日々をおくっていた。しかし、嵩の“戦友”になった上等兵の八木信之介(演:妻夫木 聡)だけは、時々助け船を出す。ビンタ、ビンタ、またビンタ…という衝撃の回だったが、実際やなせたかしさんもあのような経験をしていたようだ。今回はやなせたかしさんが経験した新兵時代を取り上げる。


 

■自由を謳歌していた生活から一変、厳しい規律と訓練、そして暴力の日々へ……

 

 昭和16年(1941)1月、やなせたかし氏(本名:柳瀬嵩)の元に赤紙が届いた。製薬会社の宣伝部で図案やイラスト、漫画を担当していた嵩さんは、故郷の高知県に戻り、徴兵検査を受けた。近眼であることを除けば非常に健康で申し分なしということで、第一乙種で合格した。

 

 通常であればそのまま高知聯隊に入隊するところだが、九州小倉の野戦重砲隊への入隊が命じられる。正式には、陸軍の「第12師団野戦重砲兵第6聯隊補充隊」に加わることになった。「補充隊」とついているのは、聯隊の本体が中国へ派遣されていたためにその留守部隊という位置づけだったからだ。ちなみにこの隊の通称号として「西部第73部隊」というのが知られている。

 

 やなせたかし氏は後年、著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)において、当時検査官が身上調査書を見て言った言葉をこう記している。「貴様は父も母もなく、弟は養子にでて戸籍ではたった一人か。国家のために一身を捧げても泣く者はいないな。心おきなく忠誠を尽くせ。おめでとう」と。

 

 確かに、父・清さんは幼い頃に病没し、母・登喜子さんは再婚して戸籍を離れているし、弟・千尋さんも2歳で伯父夫妻の養子になっているから、戸籍上の嵩さんは天涯孤独の身だった。しかし、わが子同然に育てあげた伯母のキミさんはもちろん、京都帝国大学に通っていた千尋さん、東京で一緒に暮らしていた登喜子さんなど、戸籍上は“他人”でも家族は近しい存在だった。

 

 さて、入隊した嵩さんを待ち受けていたのは、“新人しごき”という名の日常的な暴力だった。ドラマでも初年兵が事あるごとにビンタもしくはパンチを受けていたが、あれはドラマ用の誇張表現でも何でもなく、実際に何か古兵や上官の気に食わないことがあればすぐ殴られていたらしい。

 

 初年兵が脱走した、寝具等の整理整頓がなっていない、作業の手際が悪い、訓練で動きが悪い……何かしらあると、すぐにビンタ、拳骨、時には革靴で思い切り殴られることもあったという。もちろん、連帯責任だ。いちいち全員の頬をぶっていたのでは疲れるからか何なのか、「お互いをビンタしあえ」と言われることもあったらしい。こうして、日々の厳しい訓練と理不尽な暴力に耐えながら、嵩さんは心身ともに“帝国軍人”になっていった。

 

 嵩さんの戦友(教育係・世話係のようなもの)になった上等兵は、鬼のように厳しいと恐れられていたものの、嵩さんからしてみれば“快男子”だったようだ。嵩さんはその上等兵の靴下や下着の選択、服の繕いなどをし、教育を受けた。誰もが恐れる上等兵だったから、その戦友である嵩さんにわざわざリンチをしようという古兵も少なくなったというが、それでも日々暴力に耐えることに変わりはなかったという。

イメージ/イラストAC

<参考>

■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)

■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)

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歴史人編集部れきしじんへんしゅうぶ

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