数々の中国のエンタメで描かれた、数奇な運命を辿る女性主人公「蘇三」の人生とは⁉
中国時代劇ドラマと史実
■悲壮感漂う蘇三の生涯

「明代監獄」に立つ蘇三の像
家の没落に始まり、純愛、離別、窮地の連続を経て、大団円で終わる。まさしく恋愛ドラマの王道を極めたかのような展開を見せ、多くの視聴者を引き付けたのが、中国で2015年に制作された連続テレビドラマ『蘇三(そさん)』だった。
原作は明(1368~1644)の末に、馮夢龍(ふうむりゅう/1574~1646)という学者により編纂された短編小説集『警世通言』所収の『玉堂春落難逢夫』という作品。地方劇の演目として好まれ、テレビが娯楽の主役になって以降は、何度もドラマ化されてきた。
物語の舞台は明の時代、数奇な運命を辿る女性主人公の本名は周玉潔と言う。
わずか5歳にして両親を失い、何者かに誘拐された玉潔は、北京の妓楼「蘇淮妓院」へ売り飛ばされてしまった。そこには彼女と同じような境遇の少女がすでに二人いたことから、玉潔は蘇三という源氏名を与えられた。
蘇三は美しい容貌に加えて物覚えがよく、楽器の演奏や囲碁、書画など、一流の妓女になるのに必須の諸芸をたちまち身に着け、客からの評判もよかった。
そんな妓楼での生活に慣れてきたある日のこと、蘇三は運命の出会いをする。客として訪れた書生と互いに魅かれ合い、将来を約束する関係になったのである。
その書生の名は王金龍。父親は前・吏部尚書(りぶしょうしょ)というから、大臣経験者の子息である。このとき16歳で、蘇三はそれと同じか、少し下の年齢だった。
王金龍は父に命じられたお使いの途中だったから、金銭はたんまり持っていた。そのため蘇淮妓院に長居を決め込むが、一番の人気嬢を貸し切り同然にしていたのだから、さすがに1年も経ずして、有り金を使い果たした。無一文とあれば、妓楼の主人も態度を一変。王金龍は妓楼から追い出されてしまう。
とにかく一度、王金龍を父親のもとに帰さなくてはいけないので、蘇三は自分の蓄えから旅費を工面してやり、金龍といったん離れ離れになることとなった。
いつの日か、金龍が自分を迎えにきてくれる。身請けして、本当に夫婦になれる日がくる。蘇三は金龍を信じるがゆえ、それから一切客を取ろうとしなかった。
だが、そんな彼女を羨む妓楼の同僚の企みで、蘇三は沈燕林という山西商人(さんせいしょうにん)のもとへ売り飛ばされてしまう。
蘇三は沈燕林との同衾を拒み続けるが、燕林も無理強いすることはなかった。しばらくは平穏な日々が続いたが、その家は一つの大きな火種を抱えていた。正室の皮氏が、夫が商用で長く留守にするたび、監生(かんせい/国立大学の学生)の趙昴と密通を重ねていたのである。
やがて皮氏はこの愛人と結託して沈燕林を毒殺。蘇三に罪をなすりつけた。県令(県知事)には賄賂が渡っていたため、彼女がどんなに無実を訴えても聞き入れてもらえず、連日、厳しい拷問を加えられた。耐え切れなくなった彼女は心ならずも罪を認め、死刑判決を下された。
蘇三にとってまだ救いだったのは、地方官の一存では死刑の執行ができず皇帝から許可を得る必要があったこと、さらに役人のなかでも劉志仁という者だけは何か裏があると疑い、あれやこれやと庇護の手を差し伸べてくれたことである。おかげで彼女は獄死を免れた。
ここでようやく王金龍の再登場である。蘇三のおかげで帰郷を果たした彼はその後、科挙の試験に合格。山西省八府巡按という地方官に任じられ、裁判に関する公文書に目を通していたところ、蘇三の窮地を知る。
お忍びで事件の真相を探り、冤罪であることを確信した金龍は、彼女の身柄を省府の太原へ送還させるとともに、裁判も太原でやり直させるよう手配した。
これにより蘇三の容疑は晴れ、それとは逆に皮氏と愛人および県令には然るべき処罰が下された。
金龍はすでに親の決めた女性を正室に迎えていたから、蘇三に与えられたのは側室の座だったが、正室がよくできた女性だったおかげで蘇三は実の姉妹のように親密となり、それまでとは対照的な、幸福な毎日を過ごしたという。
以上の話はフィクションのようにも思えるが、誘拐や人身売買をはじめ賄賂次第で白にするのも黒にするのも思いのままな役人世界の実態、常人には耐え切れるとは思えない役所での拷問など、どれも中国の長い歴史を通じ、恒常的に見られたことなので、元となる実話があった可能性は否定できない。
山西省洪洞県に現存する「明代監獄(みんだいかんごく)」は「蘇三監獄」とも呼ばれ、蘇三が投獄されていたところと伝えられる。文化大革命の余波で破壊されたが、近年になって、明代のオリジナルに限りなく近い状態に修復された。明代の拷問器具や拘束具(復元)、拷問・処刑場面を再現した蝋人形などが展示され、けっこうな人気を集めている。