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特型内火艇と呼ばれた水陸両用戦車

第2次大戦水陸両用戦車物語 第4回 ~泳ぎ、そして潜る! 水を克服した鋼鉄の猛虎たち~

太平洋戦争を機に日本でも水陸両用戦車を開発

連合軍に鹵獲(ろかく)され運用テストに供される特二式内火艇カミ車。本車は浮航性能こそ優れていたものの、戦車としては装甲が薄く弱火力だった。

 日本では、海から上陸して戦う地上兵力は陸戦隊と称されて海軍が整備していた。そのため、水陸両用戦車も当然ながら海軍で開発された。

 

 特に太平洋戦争が始まり、南洋の島嶼(とうしょ)部で戦いが行われるようになると、大発(上陸用舟艇)などを使うことなく自力で浮航して上陸できる水陸両用戦車へのニーズはいやがうえにも高まった。

 

 このような背景により開発され、最初に実用化されたのが特二式内火艇カミ車である。「内火艇」とは内燃機関を搭載したモーターボートなどの小型艇の日本海軍における呼び方で、その実態を秘匿するため、浮航戦車にも内火艇の名称が付与された。

 

 特二式内火艇カミ車は、自身が備える浮力に加えて、車体の前部と後部にフロートを装着することにより浮航を容易にしていた。このフロートは上陸後の地上走行時、邪魔にならないよう投棄できる構造だった。なお浮航時は、車体後部に設けられた2基のスクリューで推進力を得た。

 

 搭載している砲は37mmと非力で、後のアメリカ軍との交戦では低威力に泣かされた。1942年に制式化。約180両が生産され、日本製浮航戦車としてはもっとも多くの戦いに参加しているが、大きな戦果をあげることはできなかった。

 

 浮航能力を備えた軽戦車というべき特二式内火艇カミ車に続いて開発されたのが、特三式内火艇カチ車である。同車は、陸軍の一式中戦車をベースにして車体部を中心に大改修を加えた、浮航能力を持つ中戦車というべき車両だった。

 

 搭載している砲は一式中戦車と同じ47mm砲で、特二式内火艇カミ車では荷が重かったアメリカ軍のM4シャーマン中戦車とも、そこそこ戦うことができた。

 

 特三式内火艇カチ車は潜水艦での運用が考慮されており、水深100mまでの潜水に耐えられる耐圧構造を備えていた。だが、本車は約20両が生産されたに止まり、配備先も日本本土に限られて実戦には参加していない。

 

 特四式内火艇カツ車は、潜水艦からの発進も可能な、機関銃のみ装備した浮航(ふこう)装甲輸送車だった。しかし車体が大きかったので、魚雷2本を搭載しての攻撃任務にも対応できたが、実戦ではついぞ雷撃には用いられなかった。なお、生産数は約20両と伝えられている。

 

 このように、日本でも数種の浮航戦車が開発のうえ戦力化されたのだった。

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白石 光しらいし ひかる

1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。

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