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七尾城攻め1576〜77年<その4>~父祖以来の念願だった七尾城を手に入れた謙信

戦国武将の城攻め【解体新書】#016

短期間で手際よく成功を収めることができた謙信の城攻め

信長と通じていた長綱連が殺害され、謙信の手に落ちた七尾城 CG/成瀬京司

 9月、謙信の説得工作は実を結び、内応してきた親上杉派の遊佐続光(つぐみつ)により、上杉勢が城内に引き入れられた。

 

 かくして謙信は、ほとんど一兵も損じず、天下の大要害・七尾城を手に入れた。

 

 この後、末森城をも攻略した謙信は、手取川で柴田勝家率いる織田勢を捕捉し、完膚なきまでに打ち破った。

 

 これにより加賀・能登・越中三国を手に入れ謙信の眼前に、上洛への道が開かれることになる。

 

 しかし、いったん越後に帰った謙信は、上洛の夢を果たす前に、病に倒れ、帰らぬ人となる。

 

霜は軍営に満ちて秋気清し

数行の過雁月三更

越山併せ得たり能州の景

さもあらばあれ家郷の遠征をおもふば

 

 この漢詩は、江戸期の思想家・頼山陽が、この時の謙信の気持ちを代弁して書いたものとされるが、この時の謙信の浮き立つような達成感を見事に表している。

 

 というのも当時、能登半島随一の大要害である七尾城を攻略することは、父祖以来の謙信の念願だったからである。

 

 天然の要害・七尾城を攻略するためには、さしもの謙信でも、多大な損害を覚悟せねばならなかった。しかし謙信は、後詰にやってくる織田勢との決戦を控えている。その決戦兵力を城攻めで損耗させるわけにはいかない。そこでまず、本城を孤立させるという策を取った。

 

 謙信は配下に七尾城を包囲させたまま、自ら富木、穴水、熊木、法院といった畠山氏の奥能登支城群を各個撃破し、本城を孤立させた。

 

 これは小田原合戦で秀吉が取った方法と同じであり、籠城衆を心理的に追い詰める効果がある。

 

 ここで織田軍北上の一報に接した謙信は、七尾城攻略前に織田軍との決戦を覚悟し、末森城に向かう。

 

 ところが末森城包囲陣で、畠山春王丸が病死するほど七尾城内に疫病が蔓延しているという情報を摑むと、即座に方針を変更して七尾城攻略を優先させる。

 

 しかも七尾城内の親上杉派を懐柔し、調略により戦わずして城を開かせることに成功する。

 

 七尾城攻略成功のカギは、「孤立化」「即応性」「調略」の三点である。

 

 関東や信濃でも、謙信の城攻めは短期間で手際よく成功を収めることが多く、その情報収集力と、機を見るに敏な決断の早さは、やはり戦国期を代表する名将の名にふさわしいと言える。

 

 さらにここでは、力攻めにこだわらず、籠城衆の中から内応者を得て、調略により城を手にしている。

 

 謙信は単なる猪突猛進な合戦屋ではなく、朝令暮改もいとわない臨機応変な軍略家だったのである。

(了)

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伊東 潤(いとう じゅん)
伊東 潤いとう じゅん

1960年生まれ。2012年『城を嚙ませた男』13年『国を蹴った男』で直木賞候補。『黒南風の海』で「本屋が選ぶ時代小説大賞2011」を受賞。著作に『叛鬼』『義烈千秋』『武田家滅亡』『戦国鬼譚 惨』など。利休の内面と死の真実挑んだ最新刊「茶聖」(幻冬舎)が2020年2月20日発売!

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