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七尾城攻め1576〜77年<その1>~政庁と詰城(籠城用山城)が結合した巨城

戦国武将の城攻め【解体新書】#013

能登国守護・畠山氏の領国経営の中心だった七尾城

木落川、大谷川に囲まれ7つの尾根に広がる七尾城 CG/成瀬京司

 

 能登半島の南東部、七尾湾を見下ろす地に築かれた七尾城は、難攻不落の名城として名高い。

 

 この城は、標高300メートルの急峻な台地上にある本曲輪を頂点に、尾根沿いに連郭式に曲輪を連ね、山麓部まで、その遺構が広がる巨大山城である。

 

 しかも木落川、大谷川、鍛冶屋川といった河川が外堀の役割を果たし、この時代には、さほど普及していない石垣もふんだんに使われていた。

 

 七尾城は、まさに「天宮」という別名にふさわしい大要害だった。

 

 15世紀後半、能登国守護・畠山氏により創築された七尾城は、当初、砦のようなものだったが、16世紀初頭に七尾に本拠を移した畠山氏の領国経営の中心となってから、城域は大幅に拡張された。

 

 この城の第一の特徴は、戦時にしか使われない詰城(籠城用山城)ではなく、北西部に広がる七尾市街と七尾湾を包含した、軍事・政治・経済活動まで視野に入れた拠点城だったという点にある。

 

 つまり七尾城は、越前朝倉館のように政庁と詰城(軍事拠点)が明確に分離しているわけではなく、山麓の政庁と山頂の詰城が、連続的な曲輪群により有機的に結合した城郭都市であった。分かりやすく言えば、平時でも山頂曲輪群は使用されていたのである。

(次回に続く)

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伊東 潤(いとう じゅん)
伊東 潤いとう じゅん

1960年生まれ。2012年『城を嚙ませた男』13年『国を蹴った男』で直木賞候補。『黒南風の海』で「本屋が選ぶ時代小説大賞2011」を受賞。著作に『叛鬼』『義烈千秋』『武田家滅亡』『戦国鬼譚 惨』など。利休の内面と死の真実挑んだ最新刊「茶聖」(幻冬舎)が2020年2月20日発売!

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