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歴史上の人物を四柱推命で鑑定!第82回~朝倉義景~

稀有な頭脳を持った越前朝倉家最後の当主

優れた知性と一流の感性を備えた文化人

福井県大野市にある朝倉義景墓所

 歴史上の人物に迫るには様々なアプローチがあるが、ここでは四柱推命(しちゅうすいめい)という手法を用いて、歴史上の人物がどんな性格であり、なぜ成功したのか(失敗したのか)を読み解く。※四柱推命と用語の説明はページの最後をご覧ください。

 

 今回は、越前朝倉家最後の当主、朝倉義景を四柱推命で鑑定する。大河ドラマ「麒麟がくる」では、一癖も二癖ものある義景をユースケ・サンタマリアが演じているが、実のところも、戦下手で文化人のような武将だったのか、四柱推命で明らかにしたい。

 

朝倉義景

生年月日: 天文2924日(西暦15331022日)

朝倉義景の命式表

 義景の生年月日から命式表を割り出すと上記のようになる。この中で、性格を表す、通変星・蔵干通編星をわかりやすく円グラフに表すと、知性60%、遊び心30%、行動力10%という結果になった。

朝倉義景の性格

知性…様々な分野の知識が豊富で、何かを学ぶことに喜びを感じる。頭の回転が速く、物事を論理的に捉えることが上手

 

行動力…頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強く、交渉力や営業力を磨けば成功できる

 

人脈…さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる。サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力も高く人を動かせる

 

自立心…他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性。リーダーシップを発揮しフリーで活躍できる

 

遊び心…楽しいことを企画する等、生活に遊びを取り入れることが自然とできる。芸術面の才能があり、表現力が豊富

 

 これらを材料に、義景の性格を読み解いていく。

 

◯飛び抜けて頭がいい!

 通変星に、「印綬(いんじゅ)」「偏印(へんいん)」「傷官(しょうかん)」をどれか1つでも持っている人は、頭がよいと言われる。頭がいいといっても、それぞれにその意味が若干異なる。

 

 「印綬」は幅広い知識を持ち、学校の勉強がよくできるタイプ、「偏印」はひらめきや企画力がありベンチャーでも活躍できるタイプ、「傷官」は弁が立ち交渉能力があるタイプ。義景はこの頭のいい三つの星を全て持っている。

 

 さらに「印綬」は2つある。これまで100名以上の歴史上の人物を鑑定してきたが、私の記憶では、三つの星を持ちあわせていたのは、第13代将軍・足利義輝くらいだろうか。義輝は、自ら分析して企画して交渉して…まで、一手に担うことができたのだろう。知性が60%で占められるように、スーパーブレインの持ち主だ。勉強はよくできるタイプだったのだろう。

 

 しかし、一方で頭がよすぎるゆえの弊害もある。何か事を起こす前に、考えすぎてよからぬ想像をしてしまうのだ。特に「印綬」は、石橋を叩いて叩いて叩き割ってしまうほどの慎重派だ。考えた末にやっぱりやめるという決断をしかねない。

 

 義景の行動は、まさにこの弊害を物語っている。そもそも戦いとは縁が薄い環境にあった義景。自らが指揮をとったのは、1570年の志賀の陣と1573年の小谷救援の2つだけだったという。

 

 志賀の陣では、信長を窮地に陥れておきながらも決戦を躊躇し、最終的には信長の策にはまって講和を結んだ。小谷救援も北近江に着陣しただけで決戦をためらい、越前に軍を引こうとした。

 

 こうした史実から、戦下手と揶揄される義景だが、その原因は優れすぎた頭脳にあったようだ。信長も義景のこの優柔不断な性格を考慮していたとのことだから、信長も相当なキレ者と言えるだろう。

 

〇自立心0%!リーダーには向かない!

 自立心の星を持っている人は、他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性を持ち、リーダーシップを発揮できる。義景は、この自立心を持っていない。ゆえに、大勢の家来を束ねる必要がある戦国大名には向いていなかったのだろう。

 

〇人脈0%!人付き合いが苦手!

 人脈の星は、誰とでも仲良くなれてコミュニケーション能力が高い。義景はこの人脈を持っていなかった。そのため、人付き合いは苦手で、家臣から人望があるタイプではなかったのだろう。

 

 しかし、公家や京都の文人、将軍・足利義昭との交流はあったため、文化人としての交流は得意なのかもしれない。放映中の大河ドラマ「麒麟がくる」で見られるような、不愛想で掴みどころのない人物であったことが予想される。

 

The 文化人!

 芸術に優れている星が3つある。通変星では「傷官」(しょうかん)、十二運星では「病」(びょう)と「沐浴」(もくよく)だ。義景の命式表を見てもらいたい。これら全ての星を持っている。今まで鑑定した武将の中で、この芸術に関わる3つの星を持っていた人物は1人もいなかった。超芸術家、超文化人といえる。

 

 当時越前には、雅な京文化が形成され、「北の京」とも呼ばれていた。朝倉家当主が生活した館には17棟の建物があったとされるが、畳を敷きつめた部屋もあり、まさに御所のようだったと伝わる。

 

 また、発掘調査では4つの日本庭園が確認され、華やかな京文化が発展していたようだ。義景も、和歌、茶道、絵画に親しみ、朝倉家の領地である一乗谷には、京都から優秀な人材や文化人が招かれた。大河ドラマでも描かれているように、まさに義景は優雅に蹴鞠(けまり)を楽しむような武将だったのだろう。

 

 義景の辞世の句がまさに文化人である。従弟であり重臣でもあった朝倉景鏡(かげあきら)に裏切られ、41歳にして賢松寺で自刃した義景は以下の漢詩を残した。

 

 「七転八倒 四十年中 無他無自 四大本空(しちてんばっとう しじゅうのうち たなくじなく しだいもとよりくう)」

 

 「七転八倒」は、苦しみを味わうという意味、「四十年中」は40年間の意味、つまり自分の人生を指している。「無他無自」は他人も自分もないという意味、「四大本空」は仏教で言う万物を構成する「地・水・火・風」には実体がない、つまり「空」であるという意味である。つまり、辞世の漢詩は「混乱の激しい40年であったが、結局は自他の区別もなくこの世は空なのだ」と読み解ける。釈迦の悟りのようだ。仏教もかなり勉強していたのだろう。数ある辞世の中でも、格調の高いものとして現代に伝わっている。

 

〇何をしでかすかわからない!海外向きの性格!

 義景は、十二運星に「沐浴」(もくよく)を持っているが、沐浴は少年の星とも言われ、何をしでかすかわからない、ある面で危うい星。芸術面で秀でていることに加え、放浪生活が好きで海外向きの性格、また浮気性でもある。

 

 義景が放浪好きのような衝動的な面を持っていたのかは定かではない。しかし、海外に目を向けていたことは確かだろう。義景はいち早く鉄砲に目をつけ、受動的に関与するのではなく、自ら島津氏を通じて貿易に関わった。また、一乗谷からは、タイ製の壺や唐物茶碗等、高価な輸入品も出土していることから海外の文化にも強い関心を持っていたことが伺える。

 

 以上、朝倉義景を四柱推命で鑑定してきたが、一流の文化人で並外れた頭脳を持つ人物だったことが明らかになった。現代なら勉強がよくできるエリートで、しかも芸術にも長けているという、重宝される人材となったことだろう。

 

 現代に生きていたならば、筆者は、安定的な国家公務員や学芸員、あるいはその頭脳を生かして文学や芸術関係の研究者をおすすめしたい。しかし、生まれてきた時代と役回りがよくなかった。とはいえ、あえて戦国時代に生まれてきたことも、あえて義景が当主だったことも、それもこれも全てご縁なのだろう。きっと何か意味があってのことだ。それらを全て踏まえた上で、この世の空を悟った義景は、決して愚将(ぐしょう)扱いされる人物ではない。

 

 大河ドラマ「麒麟がくる」も再開した。ユースケ・サンタマリアさん演じる義景の振る舞い、光秀との関係に今後も注目していきたい。

朝倉義景が参拝に足を運んだ永平寺にて(著者撮影)

【参考文献】

・「天下取り採点 戦国武将205人」新人物往来社編 新人物往来社 (2007

・「図説・戦国武将118」谷口克広・伊澤昭二・大野信長 学習研究社 (2007

・「朝倉義景が残した2つの辞世の句」 歴史上の人物.com https://colorfl.net/asakurayoshikage-jiseinoku/ (2020827日最終アクセス)

■四柱推命とは?

古代中国で生まれた「過去、現在、未来」を予見する運命学のひとつで、陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)をもとに、人が生まれながらにして持っている性格、能力、素質を理解し、その人の努力や経験で変わる後天的な運命までも予測することができる。

具体的には、生まれた日(生まれた年・月・日・時間)をもとに命式表(めいしきひょう)を作成し占っていく。なお、ここでは生まれた時間は鑑定に含めていない。

「国史大辞典」に記載されている生年月日を、「和洋暦換算事典」を用いて現行暦に換算し鑑定している。

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妃萃(本名:油川さゆり)(ひすい)
妃萃(本名:油川さゆり)ひすい

青森県八戸市出身。慶應義塾大学 社会学研究科 教育学専攻 修士課程修了、同研究科 同専攻 後期博士課程在学中。2013年鳥海流・鳥海伯萃より四柱推命の指南を受ける。これまで500人以上を鑑定。多数の弟子を輩出。

元放送局報道記者。フリーアナウンサーとして、BS11の番組にレギュラー出演しているほか、ナレーターや司会として活動中。日本の歴史、伝統芸能を伝えるため、歴史勉強会、その他イベントを主宰。自身も大和言葉、辞世の句、武田氏と油川氏等について講演活動を行う。合同会社真己、共同代表。また、2016年6月から「カミムスヒ」というソングユニットで歌手活動を開始。手話検定3級、ホームヘルパー、視覚障害者ガイドヘルパーの資格を持ち、社会福祉活動に積極的に携わる。

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