台湾有事・尖閣危機における「見えざる脅威」とは? 「中国海上民兵」の正体と日本が直面するジレンマ
台湾有事や尖閣諸島周辺での緊張が高まる中、日本が最も警戒すべき対象の一つが、中国の「海上民兵」である。彼らは単なる漁民ではなく、中国政府および人民解放軍の指揮命令系統に組み込まれた準軍事組織であり、「第二の海軍(海警)」に次ぐ「第三の海軍」とも呼ばれる存在だ。以下に、なぜ彼らが正規軍以上に厄介な脅威となり得るのか、その本質と日本が直面するジレンマについて説明する。
現代の海洋紛争において、ミサイルや空母のような派手な兵器以上に日本を苦しめるのが、中国の「武装漁船」すなわち海上民兵の存在である。彼らは平時には漁業に従事するふりをしながら、有事やその前段階においては、軍事作戦の尖兵として「グレーゾーン事態」を現出させる。日本が最も警戒すべきは、彼らの「武力」そのものではなく、彼らが作り出す政治的・法的混乱にある。
まず認識すべきは、彼らが独自の判断で動く民間人ではないという点だ。南シナ海や尖閣周辺で確認されている海上民兵の船舶は、船体が強化され、高出力の放水銃や高度な通信機器、北斗衛星導システムを搭載しているケースが多い。乗組員は退役軍人などが多く、組織的な訓練を受けている。彼らは「避難」や「エンジントラブル」を口実に、大量の船団で尖閣諸島魚釣島などへ強行接岸・上陸を試みる能力を持つ。これを民間人の遭難として処理するのか、侵略の先兵として対処するのか、日本側の瞬時の判断力を麻痺させる機能を持つ。
台湾有事や尖閣奪取作戦において想定される最も危険なシナリオは、数百隻規模の漁船団によるスウォーミング(群集戦法)である。海上自衛隊が出る前の段階、つまり警察権を行使する海上保安庁(海保)の巡視船に対し、圧倒的な数の漁船が殺到し、進路妨害や体当たりを繰り返す。いかに海保が優秀であっても、物理的な数で圧倒されれば対応能力はパンクする。この隙に、紛れ込んだ特殊部隊や工作員が島嶼部に浸透する、あるいは海警局の公船が「自国民保護」を名目に堂々と領海内に侵入し、実効支配を既成事実化するというのが中国の常套手段である。
海上民兵が突きつける最大の脅威は、日本の法制度の隙間を突く「ハイブリッド戦」にある。相手が「漁民(民間人)」を装っている以上、自衛隊が直ちに出動して攻撃を加えれば、中国側は「日本軍が非武装の民間人を虐殺した」と国際社会にプロパガンダを展開するだろう。一方で、海保の手に余る事態となってから自衛隊に海上警備行動や防衛出動を発令するまでのタイムラグ(政治的決断の遅れ)は致命的となる。中国はこの「戦争未満、警察以上」の曖昧な領域を意図的に維持し、日本側に第一撃(先に手を出させること)を躊躇させ、その間に軍事的目的を達成しようとするのである。
日本が最も警戒すべきは、火器を積んだ漁船そのものではなく、「民間人を装った兵士」によって、平和時と有事の境界を曖昧にされ、対応が後手に回る事態である。これに対抗するためには、海保と海自の連携強化はもちろんのこと、グレーゾーン事態において躊躇なく対処できる法整備の拡充、そして国際社会に対し「海上民兵は民間人ではなく戦闘員である」という認識を共有させる外交戦が不可欠である。見えざる脅威に対し、日本は「想定外」という言葉を使う余地を残してはならない。

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