「白歯」は処女「其者」は玄人女のこと【江戸の性語辞典】
江戸時代の性語99
我々が普段使っている言葉は時代とともに変化している。性に関する言葉も今と昔では違う。ここでは江戸時代に使われてた性語を紹介していく。
■白歯(しらは)

お歯黒をする女。『花結色陰吉』(歌川国芳/天保8年)、国際日本文化研究センター蔵
江戸時代、女は結婚すると歯を黒く染め、眉毛を剃る風習があった。歯を染めるのを、お歯黒という。
白歯は、お歯黒をしていない歯のこと。つまり、女の未婚、あるいは処女を意味した。
いっぽう、吉原の遊女は結婚していなかったが、お歯黒をしていた。これは、吉原の格式を示すものだった。このため、吉原の遊女が「白歯になる」は、年季が明けて素人になることを意味した。
図は、お歯黒をして、歯を黒く染めているところ。
(用例)
①戯作『娘消息』(曲山人著、天保7年)
若い娘を相手に、中年の女がしゃべる。
「三十を越しちゃあ、もう、いかないよ。おまえなんぞが楽しみだ。しかし、わたしも娘の時分があったっけ。ああ、もう一度、白歯になってみてえものだ。そうしたら、また、みんなが浮気者だと言うだろうかえ」
白歯になってみたいは、未婚の娘時代に戻りたいということ。
②春本『春情指人形』(渓斎英泉、天保9年頃)
かつて遊女で、今は素人の女が化粧をしている。男がそれを見て言う。
「てめえ、そう、お作りをばすると、格別、気が悪くなるようだ。どうしても、白歯で眉毛があるのが美しいと見える」
「気が悪くなる」は、性的に興奮するの意味。第5回参照。
「お作り」は化粧の意味。
男は、女が白歯で眉毛があるのが魅力的だと述べている。
③戯作『娘太平記操早引』(松亭金水著、天保10年)
丁稚が若い娘を見て、若旦那に言う。
「若旦那さん、今通ったたぼを御覧(ごろう)じましたか。十七、八の、それ、白歯の娘を」
たぼ(髱)は、若い女のこと。
「白歯の娘」は、素人の女、つまり町娘のこと。
■其者(それしゃ)
玄人(くろうと)の女。遊女、芸者など。
元玄人の女を、「其者上がり」という。
(用例)
①戯作『吉原楊枝』(山東京伝著、天明8年)
縁側にいる二十八、九歳の女を見て、
色の青きところから、髪の毛の薄いところ、いかなるぼんくらに見せても、其者の上りと見える姿、
ここの其者は遊女であろう。遊女上がりの女はすぐわかったのである。
②戯作『ちゃせんうり話の種瓢』(墨川亭雪麿著、文政9年)
女房お弓、其者上がりは湯上りの生地がなおさら美しく、どこにか残る里の風。
お弓は其者上がり、つまり元遊女だった。
「里」は吉原のこと、第7回参照。
③戯作『娘太平記操早引』(曲山人・松亭金水著、天保10年)
以前は芸者、今では地味な女房気に、真砂の櫛も目に立たぬようにはすれど、どこやらが、粋でくっきり垢抜けしは、其者の果てと知られけり。
人妻となって地味な格好をしているのだが、かつての芸者のころの雰囲気が感じられるのだ。