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徳川家の娘に生まれ、豊臣家の嫁となり悲劇の連続を生き抜いた姫君【千姫】の人生とは⁉

歴史を生きた女たちの日本史[第23回]


歴史は男によって作られた、とする「男性史観」を軸に語られてきた。しかし詳細に歴史を紐解くと、女性の存在と活躍があったことが分かる。歴史の裏面にあろうとも、社会の裏側にいようとも、日本の女性たちはどっしり生きてきた。日本史の中に生きた女性たちに、静かな、そして確かな光を当てた。


 

姫路城の化粧櫓に再現された千姫の人形。千姫は徳川家康の息子・秀忠と織田信長の妹であるお市の方の娘・お江との間に生まれ、豊臣秀吉の息子・秀頼に嫁いだ。

 

 歴史の真実を通り越して、実際にはあり得なかった人物像が結ばれることは多々ある。

 

 優れた主君に仕えることは、戦国時代であれば普通のことなのに、藤堂高虎のような人物を「7度も主君を変えた風見鳥」「変節漢」などと悪人のように仕立てる例もある。あの国民作家・司馬遼太郎でさえ、である。これが女性であれば、すぐに「稀代の悪女」などという言い方で語られる。

 

 千姫の場合が、最もそうした喩えに適しているであろう。いわく、美貌で淫乱の千姫が身分の上下を問わず眉目秀麗の男であれば架空の「吉田御殿」に引き込んで一夜の情欲を満たし、朝には口封じにその男を殺して井戸に投げ込んだ、というもので「悪女の極み」とされてしまった。

 

 実際の千姫は、まったくそうした嘘話とは違う貞淑で心優しい女性であった。

 

 千姫は、慶長2年(1597)、京都・伏見の徳川屋敷で徳川秀忠(後に2代将軍)と正室・お江(江与)の間に長女として生まれた。弟に後の3代将軍・家光と駿河大納言・忠長がいて、一番下の妹(5女・和子)は後に後水尾天皇に輿入れしている。

 

 まだ豊臣秀吉が健在の頃であったから、秀吉はすぐに「千姫を将来は秀頼の正室に」と命じた。自分が亡き後の、徳川との絆を強めたいとする秀吉の願いでもあった。

 

 慶長8年(1603)、千姫は7歳で11歳の秀頼に輿入れする。既に天下は家康が掌握したも同然で、関ヶ原合戦の3年後のことである。輿入れした大坂城は、秀頼の母・淀君が仕切っていた。淀君は母の姉にあたるから、千姫にとっては伯母である。だが、この時には徳川と豊臣の間には、逆転現象が起きていた。淀君は家康を嫌っていたし、徳川家への警戒心も強くなっていた。

 

 この結婚を強く望んだのは、家康であった。それは、天下を掌握したとはいえ、まだまだ豊臣系の大名は多い。そうした豊臣系大名への配慮もあって、徳川・豊臣の絆が深い証としての結婚であった。家康にとっては、何よりも可愛い「初孫・千姫」である。嫁いで19歳までを過ごすことになる千姫と夫・秀頼は睦まじい夫婦仲であった。

 

 しかし、結果として豊臣・徳川の間は破綻し、大坂の陣に至る。夏の陣(1615)で豊臣家は滅び去る。夫・秀頼とともに死ぬ覚悟を決めていたものの、千姫は救出された。だが、愛する夫の死に千姫の気力は萎える一方であった。江戸に戻ってからも病の床に就いた千姫は、家康の配慮もあって鳥取城主・本多忠刻に再嫁することになる。忠刻の母は、家康の長男・信康(築山殿事件で自刃)の娘・熊姫(家康には孫娘)である。

 

 この結婚に際して、大坂城から千姫を救助した坂崎出羽守が、千姫を我がものにと奪還しようとする事件も起きている。

 

 いずれにしても、再嫁した忠刻とは新しい幸せな時間を過ごす毎日となった。忠刻はこの後、備前・岡山城主となる。忠刻との間には1男1女を授かるが、嫡男・幸千代が3歳で病死するという不幸にも遭う。しかも夫・忠刻は結婚10年後に30歳で病死するのだった。後に千姫は髪を下ろして「天樹院」と号した。江戸に住む千姫は弟の家光に保護され、なお40年を生きた。長女・勝姫は名君とされる鳥取城主・池田光政に嫁いでいる。

 

 穏やかな晩年を送った千姫は、寛文6年(1666)、70歳で亡くなる。

 

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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