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夫・徳川家康に処刑された、「悪妻」と呼ばれた家康の正室【築山殿】─家康が一目惚れした美女の悲運な人生─

歴史を生きた女たちの日本史[第18回]


歴史は男によって作られた、とする「男性史観」を軸に語られてきた。しかし詳細に歴史を紐解くと、女性の存在と活躍があったことが分かる。歴史の裏面にあろうとも、社会の裏側にいようとも、日本の女性たちはどっしり生きてきた。日本史の中に生きた女性たちに、静かな、そして確かな光を当てた。


 

築山殿(瀬名姫)の首塚

 

「瀬名(せな)」と呼ばれた築山殿(つきやまどの)は、徳川家康の正妻として知られるが、同時に家康を裏切ろうとした「悪妻」という世評も付きまとう。中には「生得悪質、嫉妬深き御人なり」という最悪の批評もある。

 

なぜか────────。

 

「今川氏の血筋を鼻にかけ、夫・家康を見下していた」「家康の侍女(側室)・お万が身籠もると嫉妬し、裸にして庭の木に縛り付けて晒し者にした」「病の治療に招いた医師と密通あげくに、その医師の仲介で甲斐の武田勝頼と内通した」などなど、その悪評は留まるところがないのである。

 

 だが、こうした悪評には作為があるとする説もある。「仮にも徳川家康の正室であった女性がここまで悪しざまに言われると、何かあるに違いない」「築山殿は家康の嫡男・信康と同時に殺害されたが、その殺害を正当化するための作為ではないか」「歴史の裏には真実があるはず」などの諸説である。

 

 築山殿(瀬名)は、駿河国持舟城主・関口親永を父として、庵原郡瀬名(静岡市葵区)で生まれている。母は、井伊谷(浜松市北区引佐町)を支配する井伊直平の娘で、今川義元の養妹として親永に嫁がせたという。義元の井伊氏対策・政略結婚の1つであった。

 

 その父・親永は元来「今川」を名乗る義元の一族であったが、今川家の旗本・関口氏の養子となって持舟2万6千石を貰っていた。この2人を両親として生まれた「瀬名」は、美人の誉れ高かった。現在も浜松市中区の西来院という寺に遺る「築山殿の絵姿」は、すっきりとした美女である。

 

 今川家の人質となっていた家康との結婚は、弘治3年(1557)正月15日、駿府の今川館であった。義元が「自分の姪」とする瀬名との結婚は、家康16歳、瀬名は7,8歳年上という。だが、4,五歳の年長という説もある。いずれにしても家康には「姉さん女房」であり、義元の姪である瀬名との結婚は、家康には迷惑そのものであったろうとする観測も生まれる結果になった。また、これも築山殿の悪評の一因にもなっている。

 

 しかし一説には、この結婚は美貌であった瀬名に一目惚れした家康が熱心だった結果、ともいう。この結婚で瀬名は「駿河御前」となり、後には「築山殿」と呼ばれるようになる。そして2年後の永禄2年(1559)に
嫡男・信康を、さらにその翌年には長女・亀姫を生む。家康との仲が睦まじかった証拠ではないか。

 

 亀姫が生まれた永禄3年5月、上洛途中の今川義元が、桶狭間合戦で織田信長に討たれたことが、瀬名の運命が激変するきっかけになった。この後、家康は義元の仇・織田信長と手を結んだことから、徐々に瀬名の心が離れていく。そして、信康が娶った信長の娘・徳姫とも不仲になる。瀬名は一時期、今川氏真の人質になっていたこともあって、岡崎城に戻ると家康によって城外の築山という場所に館を与えられた。ここから「築山殿」と呼ばれるようになる。

 

 岡崎城は、家康の母・於大、信康の妻・徳姫が同居している。家康は信康に岡崎城を任せて浜松城に移った。築山殿は「四面楚歌」の状況に陥った。そんな矢先に徳姫による信長への密告で、信康・築山殿の「武田への内通」が顕れて2人は処刑の対象になった。天正7年(1579)、築山殿は浜名湖畔で家康の家臣の刃に倒れ、信康は二俣城で自刃した。2人に「徳川家を守るための武田勝頼との内通」があったかどうか。

 

 将軍・徳川家康の過去を糊塗するための「悪妻・築山殿」ではなかったか。

 

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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