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元花魁・誰袖を癒した“無刀の仇討ち”――喪失から笑顔への再生を心理学で読みとく


大河ドラマ『べらぼう』第29回「江戸生蔦屋仇討」では、元花魁・誰袖が愛する田沼意知を失い、呪いや復讐心に囚われた末に、蔦屋重三郎の「笑いと物語」によって心の扉が開かれます。本稿では心理学者キャサリン・M・サンダーズの提唱する「喪失の5段階」モデルを軸に、誰袖がどのように孤立と苦悩を超え、真の救いへと歩みを進めたかを、心理カウンセラーの視点で描き直します。


 

■キャサリン・M・サンダーズの喪失の5段階

 

キャサリン・M・サンダーズは、喪失を経験した人がたどる心の動きを以下の5段階に分けて示しています。

1.ショック期:喪失直後の混乱と現実逃避の時期。

2.喪失認識期:激しく感情が揺れるも、喪失を現実として受け入れ始めていく時期。

3.引きこもり期:悲しみに浸り孤立するも、エネルギーを蓄えていく時期。

4.再生準備期(癒やしの時期):再び周囲とのつながりを感じ、回復が始まる。

5.再生期:喪失を乗り越え、新たな人生を築くことができるようになる。

この流れは基本的なもので、段階を踏まない場合もあります。

 

◼️喪失への反応:呪いに縛られた深い悲嘆

 

 誰袖が最初に直面したのは、意知の死というあまりにもむごい現実でした。突然の別れに言葉を失い、意知の棺を表情なく見送る誰袖。まさに①ショック期の状態です。さらに人々による意知への冷たい仕打ちと佐野政言への賞賛を目の当たりにし、誰袖は激しく心を揺さぶられます。

 

 彼女の内側では、混乱と恐れが広がっていきました。蔦屋重三郎に「仇をとっておくんなんし」と懇願し、さらに藁人形を手に取り呪術を唱え始めたのは、絶望から逃れようとした結果でしょう。

 

 呪いながらも、意知と過ごすはずだった未来を想像し続ける誰袖は、深い喪失感と、自分だけが残された(生き残ってしまった)孤立感を認識しはじめます。②喪失認識期です。自らの悲しみの重さから、誰袖の心はさらに固く、閉ざされていってしまいます。

 

 徐々に、エネルギーの温存と撤退の段階、③の引きこもり期に入っていきます。作中では描かれませんでしたが、日々を何とかやり過ごすために家へ閉じこもり、交流を避けるようになっていったことでしょう。孤独は喪失の痛みを隠すための安全地帯となりえますが、同時に回復の芽を摘む危うい選択でもあります。蔦重たちが新たな大ヒット作を世に出そうと駆け回っている間、誰袖は志げの目を盗んで丑の刻参りに出ようとするなど、己の世界に閉じこもったままの様子が語られています。

次のページ◼️笑いとの出会い:共感と共有が始まりを拓く

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真田明日美さなだ あすみ

1982年東京都生まれ。学習院大学文学部史学科卒。歴史雑誌の編集・執筆に従事した後、家族のうつ病看護を契機に、中島輝主宰『自己肯定感アカデミー』にて心理学を学ぶ。アドラー流メンタルトレーナー、HSP・グリーフケアカウンセラー、児童教育メソッド英才教育コーチ資格保有。現在は歴史好きの「旅するカウンセラー」として全国でメンタルケア支援を行う。

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