朝ドラ『あんぱん』銀座通いで花売娘やモギリ嬢にときめく… 授業は代返ですませたやなせたかし氏の銀ブラ生活
朝ドラ『あんぱん』外伝no.19
NHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』は、第6週「くるしむのか愛するのか」を放送中。女子師範学校の厳しい規律に対してイマイチ馴染みきれない朝田のぶ(演:今田美桜)に対して、嵩(演:北村匠海)は、「自由」を掲げる東京高等芸術学校で学びながら、刺激的な“銀ブラ”を満喫する日々を送っている。実はこれはやなせたかし氏自身の経験を再現しているのだ。今回は毎日銀座に通っていたという史実を紐解く。
■モダンな美男美女が集まる銀座で刺激的な日々をおくる
※本稿ではデビュー後のお名前をペンネームの「やなせたかし」で表記、幼少期~学生時代に関する記述を本名で表記しています。予めご了承ください。
やなせたかし氏(本名:柳瀬 嵩)は、高知県立城東中学校(旧制中学)を卒業後、伯父の寛さんの理解と後押しもあって、昭和12年(1937)、18歳の時に旧制専門学校・東京高等工芸学校の図案科(現在の千葉大学工学部)に進学した。
この学校は1921年に創立され、当時は東京府東京市芝区(現在の東京都港区)にあった。そこで嵩さんはそれまでとはまるで異なる新しい世界を体感することになる。同校は徹底した自由主義だった。制服はまるで背広のようなジャケットにネクタイ、制帽もソフト帽で、中のシャツの色は自由だった。何なら、ネクタイすら指定の物でなくても良かったという。当時の学生としては、かなりオシャレだ。
そこで出会った恩師・杉山豊桔氏は、嵩さんらに「机にかじりついて勉強しているだけではいけない。毎日銀座へ行って散歩してごらん。そこで吸収するものは、ここで学ぶものよりも栄養になる」という旨の教えを与えたという。やなせたかし氏はその言葉があって頻繁に銀座へ出かけていたことを、いくつかの著書で詳細に綴っている。
当時の銀座は、嵩さんにとってまるで夢か幻かというような世界で、見るものすべてが刺激的であり、洗練されていた。夕暮れ時から夜には露店が並び、灯りがキラキラと輝く道を、最先端のファッションで着飾った男女が大勢行き交うのだ。
やなせたかし氏は著書『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)のなかで、当時のことを学生生活について振り返っている。それによると、杉山先生の教えを守るように毎日“銀ブラ”を楽しみ、人々や街並み、トレンドから刺激を受けながら、映画館にもよく通ったという。一方、学校での勉学はやや疎かにしがちで、講義は代返で済ませてしまうことも多く、ヌードを描く時には前のめりだったがデッサンさえあまり積極的にしなかったそうだ。とはいえ、一部を除けば他の生徒も似たような状況だったので、特段落ちこぼれていたわけでもなかった。
嵩さんにとっては「銀座にいる女性はみな絶世の美女に見えた」そうで、モダンガールたちのファッションや佇まいは嵩さんを魅了した。銀座で出会う花売りの娘や映画館でチケットをモギるモギリ嬢、可愛らしい容姿の新聞売りの少女、喫茶店で迎えてくれるウェイトレスをはじめ、銀座で出会う人々は嵩さんの胸をときめかせた。時には銀座を舞台に、想いを寄せる女性との恋に浸り、失恋を経験することもあったという。
嵩さんにとって、“自由”を謳歌し、憧れの象徴のようだった銀座で刺激的な日々を過ごした学生時代は、その後の人生にも大きく影響を与えることになった。

イメージ/イラストAC
<参考>
■やなせたかし『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)
■やなせたかし『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)