「五人組」とは男のマスターベーション【江戸の性語辞典】
江戸時代の性語91
我々が普段使っている言葉は時代とともに変化している。性に関する言葉も今と昔では違う。ここでは江戸時代に使われてた性語を紹介していく。
■五人組
男の自慰、マスターベーションのこと。
5本の指を用いて陰茎を刺激することから、こう呼ぶ。
図は、男が女湯をのぞきながら五人組をしているところ。

【図】女湯をのぞきながら。『逢夜鳫之声』(歌川豊国、文政5年)、国際日本文化研究センター蔵
(用例)
①春本『男色山路露』(西川祐信、享保18年頃)
中間がようやく金三分をため、座敷に舞台子(男色の相手をする役者)を呼んだが、うまくできない。時間が来て、舞台子は帰る。
中間ひとり床の内。三分の金は露と消え、いま一座遊ばんにも、根太切りの身代、悔めども、かいもあらやっこ、つまるところが五人組のやっかい、
「根太切り」は、ねこそぎ、それっきりの意味。三分しかなかったのだ。
②春本『会本可男女怡志』(勝川春章、天明2年)
旅人はある家に泊めてもらったが、隣室で夫婦が始めた様子にたまらなくなり、
旅人は寝ようと思えども寝もやらず、生(お)えきったる一物(いちもつ)を、せめてもの心生かせに五人組でも頼まんと、いじってみれば、
「生える」は勃起すること。第22回参照。
③春本『艶本千夜多女志』(勝川春潮、天明5年)
若い男女の性交をのぞき見しながら、男が言う。
「どうで、俺にはさせまい。五人組でしまおう」
④春本『逢悦弥誠』(歌川国芳)
(ある男は)今年、23歳まで、恋という文字は知りながら、相手になる女なければ、妹背(いもせ)の交合(みじわり)はさしおいて、女に肌をふれしことなく、ただ五人組にて世を送りけるが、
23歳まで女を知らず、ただ五人組ですませてきたのだ。
⑤春本『仮枕浮名之仇波』(歌川国政、安政元年)
等八は柱に縛り付けられ、その前で男女が始めた。
ふたりのよがるを、最前からそばで見ている手代の等八、夢中になってよだれをたらし、越中ふんどしを突き破る陰茎(へのこ)の頭もろともに涙ぐみたる渋っ面、五人組を頼まんにも戒められし柱の苦痛、
もう我慢できなくなり、せめて五人組で射精したいのだが、それもままならなかった。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。