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「妻よりも知的な女性」を求めて不倫!? 作家・芥川龍之介の「男女トラブル」とは

炎上とスキャンダルの歴史


大正時代の文豪・芥川龍之介。「ぼんやりとした不安」を理由に自殺したことは有名だが、その不安の一因には、“ファンとの不倫”があった。ファンとの関係を断ち切ろうとした結果、ファンがストーカーと化してトラブルになったのである。芥川を追い込む一因となったこの事件について、詳しく見ていこう。


 

■「ぼんやりとした不安」の正体とは?

芥川龍之介

 

 大正時代の文壇のエースだった芥川龍之介。1927年(昭和2年)7月24日、外では大雨が降りしきる中、芥川は自宅でベロナールとジェノアルという睡眠薬を過剰摂取し、そのまま亡くなりました。まだ35歳でした。

 

 死を選択した理由は本人いわく、「ぼんやりとした不安(『或旧友へ送る手記』)」でしたが、彼は心身の不調に悩み続け、最晩年の作品の中で「僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考えつづけた(同書)」と告白しているほど、深刻なノイローゼの中でもがいていました。

 

 妻の文(ふみ)が、意外なほどに穏やかな芥川の死に顔を見て、「お父さん、(もう悩まなくてもよくなって)本当によかったですね」と、呟いたのは有名な逸話です。

 

 プライドの高い芥川がいう「ぼんやりとした不安」、つまり彼のノイローゼには、実はかなり具体的で、気恥ずかしい理由がありました。まず、彼は文壇での人気を失いつつありました。

 

 芥川のスタイルは、ストーリーのない、自分自身の不安な心理状態を流し込んだ文章を「小説」として発表するものです。かつては知的、都会的ともてはやさたのですが、世界恐慌が始まり、プロレタリア文学が隆盛するようになると、「キザ」と批判を受けるようになりました。

 

 しかし、彼がそういう文章しか書けなくなっていた背景には、ある女性の存在がありました。それが、一介の芥川ファンから彼の愛人になり、別れた後はストーカーに成り下がった、秀しげ子です。

 

■妻よりも「知的な女性」を求め…

 

 芥川は妻の文を愛していましたが、結婚後の彼女が、作家・芥川龍之介の妻というより、士族・芥川家の正室にふさわしい古風な女であることがわかると、先進的な「えらい女」への興味を抑えることができなくなります。そして、そういう知的で「新しい女性」複数との交際を試みました。

 

 その中の一人が秀しげ子です。しかし、彼女は「えらい女」ではありませんでした。芥川より2歳年上で、金融業者の父と芸者だった母の間に生まれた彼女は、「電気技師」の妻でしたが、かねてよりファンだった芥川と関係を持つと、自分の子の父親が本当は芥川だと主張、それを繰り返して認知を迫りました。

 

 この問題を調査した松本清張によると、彼女は、芥川の弟子筋にあたる南部修太郎とも肉体関係があったそうです(『昭和史発掘』)。写真で見る限り、しげ子は腫れぼったい目をした日本人形のような女ですが、独特の色気はありますね……。

 

■愛人は、子連れで芥川宅に押しかけた

 

 しげ子は、彼女に手を焼いた芥川が肉体関係を断った後も、執拗に彼につきまとっています。彼女は強心臓の持ち主で、芥川が文や子供たちと暮らす田端(現在の東京・北区)の自宅まで、子連れで何度も押しかけました。

 

 芥川には、自分の(元)愛人の女を妻子に見せたくないという小市民的な道徳心が残っており、しげ子の時と場所をわきまえぬストーキングは、自分でまいてしまった種とはいえ、かなりつらかったのでしょう。ノイローゼが嵩(こう)じ、自死にまで追いやられてしまったようです。

 

 芥川の死後の話ですが、次男・多加志が小学校にあがると、しげ子もわが子を同じ学校に入学させてきました。そして、文に話しかけ、「発表されました(芥川)先生の遺稿を拝見いたしましたが、私があんなに先生を苦しめていたとは知りませんでした」と、いけしゃあしゃあと言ってきたそうです(『追想 芥川龍之介』)。しげ子は、何を考えていたのでしょうか。

 

 自分の「推し」の作品に、たとえ「狂人の娘(『或阿保の一生』)」呼ばわりにされても登場できたこと、「推し」が死んだ理由のひとつが、自分のつきまといだったことに密かな悦びでも感じていたのでしょうか……。

 

画像…日本文学アルバム 第6  亀井勝一郎, 野田宇太郎, 臼井吉見 編 筑摩書房 1954 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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