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夫から「他の男と子どもをつくれ」と言われ…チャタレイ夫人の「とんでもない不倫」とは?

炎上とスキャンダルの歴史


性的な内容によって警察から摘発されることとなった小説・『チャタレイ夫人の恋人』。性に関する描写はありつつも、その描かれ方は文学的なものにとどまっていたのだが、判決では「わいせつ」の法的定義が示され、翻訳者と出版社社長が有罪となってしまった。「わいせつ」の定義とは何か? そして、小説の内容はどのようなものだったのだろうか?


■大ヒットしたことで警察に目をつけられる

 

翻訳者の伊藤整

 

「性行為こそが人間を救済する」というイギリスの作家・D.H.ローレンスの思想が色濃く反映された『チャタレイ夫人の恋人』(以下、『チャタレイ夫人』)。本国でも1960年代まで性描写が非常に問題視されていた作品ですが、日本では1950年、伊藤整(いとうせい)の翻訳版が小山書店という出版社から発売されました。しかし、想定された以上に『チャタレイ夫人』が売れ、有名になってしまったことで、警察がその赤裸々な内容を問題視し、摘発へと動きます。

 

 こうして、19521月、東京地裁は『チャタレイ夫人』を「エロティックな描写もあるが、ポルノではなく芸術作品である」と認めつつも、版元の小山書店には25万円(現代の170万円程度)の罰金刑を課しました。第1審ではこの作品をエッチな何かとして売ろうとしていた「販売方針」を問題視したわけです。

 

『チャタレイ夫人』の作者ローレンスには、お尻という部位へのこだわりが多少目立ち、男女が同時に達することへのこだわりも、強いかもしれません(そうではない性行為は「失敗」という描かれ方までしています)。

 

 また、すばらしい性行為の後に、興奮さめやらぬメラーズから、「おめえは本物だ、おめえは!」などとコニーの床上手ぶりが独特の言葉づかいで褒められている部分などもありますが、少なくとも性交中の男性器や女性器の状態が具体的に描かれることはありません。

 

 しかし……『チャタレイ夫人』が本当に「わいせつ図書」かの判断は、最高裁にまで持ち越されるのですが、「チャタレイ裁判」は意外な結末を迎えます。

 

■「わいせつ」の法的定義とは

 

 1957313日、最高裁判所において、『チャタレイ夫人』をめぐる裁判に判決が下ります。版元の小山書店に25万円の罰金刑、さらに第1審では無罪だった翻訳者の伊藤整にも10万円の罰金が課されることになり、全訳版はお蔵入りしてしまうのです。

 

 そして、伊藤整の息子の礼によると「七、八十頁」もの濡れ場を伏せ字にした修正版が長らく流通することになります。また、この最高裁の判決では「わいせつ」の法的定義が示され、これが現代にいたるまで大きな影響を与えていることは興味深いですね。

 

「性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」=「わいせつ」とのことですが、この定義からは「わいせつ箇所=濡れ場とは限らない」という、法律家たちからの裏メッセージを読みとることもできそうです。

 

■身体の不自由な夫をさし置いて「使用人と不倫」

 

『チャタレイ夫人』の濡れ場は文学的かもしれませんが、実は「世継ぎを作れぬ身体になった貴族の夫から、ヨソの男の種で妊娠してくれといわれた人妻のアヴァンチュール」という原作の設定自体が「善良な性的道義観念に反する」といわれれば、否定できない部分があります。

 

 また、「準男爵夫人」のコニーが、身体の不自由な夫をさし置いて、「森番」、つまり使用人のメラーズと身分違いの不倫に興じる設定は大胆不敵ですし、頻繁に野外での性行為も描かれています。

 

 性描写だけで判断すれば、『チャタレイ夫人』は間違いなく、ポルノではないといえるでしょう。しかし、その設定について言えば、原著から100年近く経った現代においても現役の「わいせつ文書」であるのかもしれません。

 

 

画像…小説新潮 3(7)  新潮社 1949-06 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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