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「両親の不倫騒動」でお嬢様学校を退学処分に! 作家・谷崎潤一郎の娘を襲った「悲劇」

炎上とスキャンダルの歴史8


文豪・谷崎潤一郎は、妻・千代の妹であるせい子に惚れてしまい、千代をないがしろにするようになった。千代を憐れんだ作家・佐藤春夫が彼女と恋仲になっても、谷崎はケロリとして「離婚して千代を佐藤に譲る」ことを承諾する。しかし、その後せい子に振られた谷崎は妻が惜しくなり、離婚の約束を反故にしてしまった。これらの騒動はメディアにも取り上げられ「大炎上」したが、そのとばっちりを受けたのは彼らの「娘」だった……。


 

■夫の留守中に人妻と過ごした日々を懐かしむ「涙の手紙」

佐藤春夫

 人気作家の佐藤春夫は、先輩にあたる文豪・谷崎潤一郎の妻の千代に恋慕してやまず、彼女と離婚するという約束を谷崎から取り付けました。しかし、それを反故にされたことに怒り嘆き、大正10年(1921年)、谷崎に絶縁状を叩きつけてしまいます。

 

 同年530日、佐藤は愛する千代にも別れの手紙を送りました。

 

「私はあなたを憎めないけれども、あなたは私を、あなたの最愛の夫の敵として憎んでください」

 

「今度こそとうとう永久にさようならです」

 

 と言う一方で、

 

「あの頃(=谷崎が留守にしている小田原の家で一緒に過ごしていた時代)のあなたを胸に抱きしめます。あのころは過ぎ去った日だけれども、消えて無くなった日ではない――お互(たがい)に嘘ではなかった日だと信ずるのが僕のたった一つの慰めです」

 

 などと別れのつらさを切々と訴える文面は涙を誘います。

 

■「文字通りに読めぬ人には恥あれ」

 

 この「小田原事件」から4年後、谷崎と佐藤は交友関係をひょっこり復活させ、さらに5年後、谷崎は千代との離婚にようやく同意し、谷崎は「我等三人此度(このたび)合議を以て千代は潤一郎と離婚致し春夫と結婚致す事と相成(あいなり)」などと書いた報告文をマスコミ、関係者に送り付けました。

 

 このとき、すでに谷崎の心は、彼の2番目の妻となる女性編集者の古川丁未子(とみこ)と、3番目の妻になる根津松子の存在で占められはじめていたのです。もはや、谷崎にとっては千代などお払い箱にしても、完全に痛くも痒くもなくなった……ということでしょう。

 

 しかし、新聞はおもしろおかしく谷崎と佐藤、そして千代の三角関係を記事にして騒ぎ立て、これが大炎上の騒ぎとなったので、谷崎は『佐藤春夫に与へて過去半生を語る書』を、佐藤は『僕等の結婚 文字通りに読めぬ人には恥あれ――』を雑誌に発表、鎮火を試みねばならなくなりました。

 

■親の炎上騒ぎで、娘が退学に

 

 この炎上劇でもっともひどい目にあったのは、谷崎の実娘である鮎子でした。彼女は当時、聖心女子学院に通う女学生でしたが、清く正しく美しいクリスチャン系お嬢様学校としては「そんな乱れた家庭の娘を本校に通わせるわけにはいかない」とのことで、退学を余儀なくされたのです。

 

 谷崎が娘の退学届を書いて学校に持っていったそうですが、新聞には「谷崎鮎子さん学校を追わる。家庭の犠牲になって聖心女子学院を退学」という見出しの記事が踊り、彼女はろくに転校もできず、一年間の休学を余儀なくされました。

 

 不幸中の幸いだったのは、谷崎にそっくりな顔をした鮎子には父親譲りの強心臓もあったのか、理不尽だらけの炎上の嵐をどうにかやりすごし、母・千代とともに佐藤家で暮らすことになりました。後には佐藤の甥にあたる、慶応大学出のサラリーマン男性・竹田龍児と結婚しています。

 

 また、大炎上という試練に見舞われながらも、やっと結ばれた佐藤と千代の絆が途切れることはありませんでした。千代との結婚後、佐藤は伝説的なまでの晴れ男として知られるようになり、彼が出かける場所には必ず陽の光が差すようになったとか。

 

・画像…「日本探偵小説全集 第20 (佐藤春夫・芥川竜之介集」改造社 昭和(インターネット公開)出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

 

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堀江宏樹ほりえひろき

作家・歴史エッセイスト。日本文藝家協会正会員。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。 日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)、近著に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)、『こじらせ文学史』(ABCアーク)、原案・監修のマンガに『ラ・マキユーズ ~ヴェルサイユの化粧師~』 (KADOKAWA)など。

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