【渋沢栄一の子どものころ】泥まみれになるまで読書に熱中!家のことはほったらかしだった後継ぎ息子が「日本資本主義の父」に
偉人の子どものころ物語
江戸時代が終わり明治時代を迎えると、実業家として大活躍したのが、「資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一です。日本で初めて銀行を設立した渋沢は、来年度から新しくなる1万円札の顔にも選ばれています。栄一はいったいどんな子どもだったでしょうか。

渋沢栄一(国立国会図書館蔵)
■本に夢中になって晴れ着が泥まみれに
1840(天保11)年、渋沢栄一は、今の埼玉県深谷市の裕福な農家の長男として生まれました。商売と剣術が得意な人が多いのが、渋沢家の特徴です。渋沢もまた「文武両道(ぶんぶりょうどう)」をなすべく、育てられました。
父の市郎右衛門(いちろううえもん)も商売の才能があり、武芸も優れていましたが、それだけではありません。中国の代表的な古典である『四書五経(ししょごきょう)』を十分に読めるほどの教養と、江戸時代の文学も理解するという風流さもかねそろえていました。
そんな父に中国古典の読み方を教えてもらった渋沢。同時に、近所に住む従兄弟の尾高惇忠(おだかあつただ)のもとに通い、日本史や中国古典を学びながら、教養を高めていきます。
「昼夜、読書三昧(どくしょざんまい)では困る。家業にも精を出してくれ」
読書ばかりするの渋沢に、そうブレーキをかけたのは、ほかならぬ父でした。読書ぐらい好きにさせてあげてもよい気がしますが、渋沢はあまりに夢中になりすぎました。
本を読みながら外を歩いて溝に落ち、服がぐちゃぐちゃになったこともあるくらいです。それも運悪く、正月のあいさつ周りのときだったので、晴れ着が泥まみれになってしまったという……。両親がとがめるのも無理もありませんね。

尾高惇忠
渋沢栄一の漢学の師であり、義兄でもある。官営富岡製糸場初代所長となり、近代日本の産業発展に尽力した。(国立国会図書館蔵)
■ランキングで製造者の競争心をあおる
それから渋沢は素直に心を入れ替え、父といっしょに藍玉(あいだま)の製造と販売に取り組み始めました。14歳のときには、藍の葉の買い付けを父に任されています。
慣れない仕事ですから「何とか失敗しないようにやろう……」と緊張するところですが、渋沢は違いました。藍玉の販売で、積極的に新しい試みにチャレンジしています。
渋沢は弟と一緒に、各製造者による藍玉の品質を調査しました。そして、藍玉の製造者たちを招いて「誰の藍玉がよくできていたのか」のランキングを大発表! さらに、その結果で席順を決めて、ごちそうを振る舞ったのです。
そうして製造者たちの競争心をあおることで、藍玉の品質は向上していきました。どうすれば人はやる気を出すのか。渋沢はすでに人間の心の動きに着目していたのでしょう。また、「工夫ひとつで商売の結果が大きく変わる」ということも、実感したに違いありません。

渋沢栄一誕生地
渋沢栄一が帰郷した際に滞在し、寝泊まりした。
■怪しい祈祷師(きとうし)のインチキを見破る
渋沢が15才のときには、家に怪しげな連中が現れました。「この家にたたりがある」と言い出した親戚が、祈祷師たちを連れてきたのですが、どうにも渋沢は信じられませんでした。
祈祷の間、不審なところはないかとじっと観察したうえで、「無縁仏がたたっている」という相手の言葉に渋沢は食いつきます。無縁仏とは、供養してくれる者がいない仏のことです。渋沢はこう尋ねました。
「その無縁仏が出たのは、何年ほど前のことでありましょうか?」
渋沢の質問に対して、祈祷する女性が「およそ50、60年より前である」と答えると、渋沢は「それはいつの年号の頃ですか?」とすかさず質問。「天保3年の頃である」と女性が言うと、すぐにこうツッコミました。
「それならば23年前のことですね」
そして、祈祷を信じ込むほかの家族を前で、堂々とこう言ったのです。
「無縁仏のいる、いないが、はっきりわかるような神様が、年号を知らないわけはないはず。こういう間違いがあるようでは、信仰も何もまるでできるものじゃない」
そう言って、祈祷師たちを追い返してしまいました。このとき、渋沢の姉は病に苦しんでいたため、家族も皆、つい祈祷師を信頼してしまっていました。そんななか、最も若い渋沢だけが、冷静に事態を見守り、家族が間違った方向に向かうことを一人で阻止したのです。
合理的で、かつ、人間の心の動きもよく理解した渋沢。ちょっと生意気な子どもではありましたが、経営者としての才能が、すでに開花しようとしていました。
【今回の教訓】よく学び、よく観察し、よく実践せよ
【参考文献】
渋沢栄一 、守屋 淳『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)
渋沢栄一『青淵論叢 道徳経済合一説』 (講談社学術文庫)
幸田露伴『渋沢栄一伝』(岩波文庫)
木村昌人『渋沢栄一 日本のインフラを創った民間経済の巨人』 (ちくま新書)
橘木俊詔『渋沢栄一』 (平凡社新書)
岩井善弘、齊藤聡『先人たちに学ぶマネジメント』(ミネルヴァ書房)