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『船中八策』の本当の作者・赤松小三郎の江戸遊学

新しい時代・明治をつくった幕末人たち #001


「船中八策」は一般的には坂本龍馬が提唱したといわれている。しかし、その原文ともされる「庶政一新に関する意見書」を、徳川幕府や一部の藩に提出した人物が存在する。幕末の江戸を舞台に活躍しながら、龍馬が暗殺される2ヶ月前に同様に暗殺された上田藩士・赤松小三郎の人生を追う。


 

隠れた幕末の実力者・赤松小三郎

 

 明治150年という時代を迎えて今、明治維新という出来事とその後の明治政府の在り方について、歴史学者ばかりでなく様々な方面・様々な関係者から「見直し」が指摘されている。「明治維新こそ正しい日本の選択であった」という考え方や「勝てば官軍」という意識が、長い時間日本と日本人を支配し、実はその後の日本を誤った方向に導いたのではないか、という反省も出ている。

 

 何よりも明治政府とその後の日本が目指した「近代化」は、明治政府だけ(勝ち組)の仕事ではなく、徳川幕府高官(負け組)や地方の知識人など幕末人たちによる「遺産」に依拠した成功であった、という指摘もある。 さらに、これまで語られてきた、例えば「坂本龍馬」の仕事や言説の数々が、実は龍馬以外の人物のものであった、など「定説」への疑問・反論も出ている。

 

 歴史の裏面にある新しい事実や、歴史の中に埋もれてしまっていた「幕末人」たちに光を当て、もう一つ別の幕末・維新を考えてみたい。

 

『船中八策』の本当の作者・赤松小三郎

 

 幕末の実力者を挙げるならば、先ず第一に信州人・赤松小三郎であろう。ある意味では「龍馬を超えた男」とも言い換えられる。坂本龍馬が提唱したという「船中八策」「新政府綱領八策」の原(元)文ともされる「庶政一新に関する意見書」を提言し、越前藩主・松平春嶽と薩摩藩主・島津久光、さらには(最近の研究によれば)徳川幕府にも、同様の意見書を提出した人物でもある。つまり小三郎は維新後の明治政府の指針を作り上げた人物でもあるが、スポットライトが当たらないまま日本史に埋もれてしまっていた。しかも小三郎は、龍馬が暗殺される2カ月前の慶応3年(1867)9月、白昼の京都で龍馬同様に暗殺されている。小三郎と龍馬は一枚の紙の裏表のような存在ともいえようか。

 

 小三郎はこの「意見書」で、大政奉還を述べ、公武合体の新しい政体や普通選挙、上下二院制の議会政治などを提唱している。そして僅か37年の生涯を「暗殺」によって閉じた。小三郎が生きていれば、そして明治政府に出仕していれば、恐らく日本の在り方は大きく変わったであろうと思われる。その短い人生を辿る。

赤松小三郎

赤松小三郎肖像写真/上田市立博物館蔵

 赤松小三郎。本名・芦田清次郎は、天保2年(1831)4月、信州上田藩の10石3人扶持という軽輩の家の二男に生まれた。上田藩は5万8千石。上田を領していた真田氏が隣藩・松代に移封されるとその後に仙石氏が入り、さらに宝永3年(1796)、仙石氏は但馬出石藩にいた松平氏(藤井松平氏・徳川家ゆかりの18松平の1つ)と交替する形となった。小三郎(本稿では改名後の小三郎で呼ぶ)が生まれた頃の藩主は、松平忠固(ただかた)である。小三郎の父親は、藩校・明倫堂の教授方であったという。

 

 小三郎は、後に父親の友人・赤松家に養子として入り、赤松姓を名乗った。清次郎から小三郎に名前を替えたのは、望んだ咸臨丸乗船に落選して以降のことである。

 

 日本には、和算という算盤を使った算数・数学の学問があった。信州は和算の盛んなところで、小三郎の叔父も和算の名人であった。叔父の影響を受けてか、小三郎も和算は得意であった。元来が小三郎という人物は頭が良くて論理的。しかも物事の道理(本質)を掴む能力があった。後に、蘭書・英書の翻訳をやるようになる小三郎だが、こんなことも言っている。「翻訳の文章などというものは、一語一句を間違わないようにする必要はない。意味が分かれば十分である」。物事の本質さえ掴めば、ことは足りるというのである。その後の西洋科学やオランダ語・英語へのアプローチの方法も合理的に的確に本質を掴みながら身に付けている。それらが日本最初の「議会制度」発案に繋がるのである。

 

 嘉永元年(1848)春小三郎は江戸遊学を許され、江戸に向かった。小三郎17歳。小三郎の人生を変える旅立ちであった。

 

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過去記事

江宮 隆之えみや たかゆき

1948年生まれ、山梨県出身。中央大学法学部卒業後、山梨日日新聞入社。編制局長・論説委員長などを経て歴史作家として活躍。1989年『経清記』(新人物往来社)で第13回歴史文学賞、1995年『白磁の人』(河出書房新社)で第8回中村星湖文学賞を受賞。著書には『7人の主君を渡り歩いた男藤堂高虎という生き方』(KADOKAWA)、『昭和まで生きた「最後のお殿様」浅野長勲』(パンダ・パブリッシング)など多数ある。

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