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徳川家康の野望のために犠牲となった孫・千姫は「傾国の美女」だった?

歴史に残るあの事件の黒幕【第2回】


豊臣秀吉(とよとみひでよし)を虜(とりこ)にした織田信長(おだのぶなが)の妹・市(いち)。その血を色濃く引いた徳川家康(とくがわいえやす)の孫千姫(せんひめ)は評判の美姫で、その美しさに魅せられた男性は次々と命を落としていった。


 

ちょほは千姫の侍女だが、実質は、千姫に宛てたもの。大坂の陣の後、夫秀頼を亡くした千姫を気遣い、どうしていると尋ね、案じていると繰り返している。(『徳川家康書状 ちょほ宛』東京国立博物館蔵/出典ColBase(https://colbase.nich.go.jp/))

 江戸時代のはじめ、江戸城の近くを通ると、夜な夜なここでは書けないような淫靡(いんび)な声が聞こえてきたそうだ。声の主は? というと二代将軍秀忠(ひでただ)の娘千姫だと伝わる。彼女は、江戸城の北側・竹橋の内側にもらった屋敷に若い男性を引っ張り込んでいた。そのことを隠蔽するために用が済むと相手を殺してしまったのだという。

 

 千姫は、慶長2年(1597)、徳川家康の三男・徳川秀忠と正室・お江(ごう)の長女として生まれた。三代将軍徳川家光(いえみつ)の姉にあたる。母親のお江は織田信長の妹で美人の誉(ほま)れ高かったお市の三女。千姫はその祖母譲りの美貌を誇っていた。だが、その美しさ故、他の人とは違う人生を歩まなければならなくなった。

 

 わずか7歳で、豊臣秀吉の嫡男・秀頼(ひでより)と結婚し、大坂城に移り住む。この時、乳母なども大坂に同行しているので、徳川家は同行者たちに豊臣の動向を探らせようしたのだろうか。ちなみに、二人が婚約したのは秀頼の父・秀吉がまだ存命の時。家康は孫を豊臣家に嫁がせることで、自分は、豊臣家に対して謀反を起こさないと秀吉に信じ込ませたようだ。

 

 だが、家康は、秀吉の死後、豊臣氏を潰そうとして、千姫がいるのにも関わらず大坂城を攻めた。この際、孫の1人ぐらい犠牲になってもしかたがないと考えたのだろうか。しかし、大坂城があと一歩で落ちるというときになって徳川家康は突然、「千姫を大坂城から救い出した者に、姫をやる」といいだした。徳川家康の命に発奮したのが、津和野藩主坂崎直盛(さかざきなおもり)である。彼は、徳川家康の望み通り、落城寸前の大坂城から千姫の救出に成功している。

 

 翌年の元和2年(1616417日、徳川家康は、豊臣家の滅亡を見届けて安心したかのように目を瞑った。同年929日に桑名藩主本多忠政(ほんだただまさ)の嫡子本多忠刻(ほんだただとき))と結婚、その後本多忠政は姫路に転封となり、千姫も夫ともに姫路に移る。

 

 あれ? 坂崎直盛は? と思う方もいることだろう。なんと、家康は、坂崎との約束を反故(ほご)にしてしまったのだ。家康は死に際して千姫を政治の道具として利用したことを反省して、好きな相手と再婚させたのだという。実は、千姫は大坂城から逃げてくる途中の桑名で、本多忠刻を見かけて見染めていたようだ。千姫が惚れるのも無理はない。本多忠刻はすれ違った人が思わず振り返るような美男子だったという。

 

 おさまらないのは坂崎である。命がけで脱出させたのに姫を横取りされてしまうのだ。黙って指をくわえてみていることはないと婚礼の列を襲撃し、姫を奪取しようとした。しかし、この計画は事前に漏洩し失敗に終わった。坂崎は幕命より自害したとも、家臣に討たれたとも伝わる。

 

 一方の千姫は、忠刻との間に一男一女をもうけた。だが、この幸せも結婚後わずか10年で忠刻が死去したため、長くは続かなかった。また、生まれた男子も夭折(ようせつ)したため、これは秀頼の呪いではないかと、秀頼の供養を僧に依頼したという記録も残っている。

 

 忠刻の死後、前田家との縁談も持ち上がったが、断ち切れとなった。その後は、江戸城の竹橋内にある屋敷に住み、家光の姉として大奥に影響を及ぼしたという。

 

 彼女が若い男性を引っ張り込んで淫らなことをしているとか、口止めのために殺したなどといううわさは、豊臣家や坂崎に同情する者たちが流したものであろう。祖父・徳川家康が千姫を政治の道具として利用しようとしなければ、このような噂を流されることもなく穏やかな人生を送れたのかもしれない。

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加唐 亜紀

1966年、東京都出身。編集プロダクションなどを経てフリーの編集者兼ライター。日本銃砲史学会会員。著書に『ビジュアルワイド図解 古事記・日本書紀』西東社、『ビジュアルワイド図解 日本の合戦』西東社、『新幹線から見える日本の名城』ウェッジなどがある。

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