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【成人の歴史】古来から戦国時代、江戸時代には成人のお祝いはどうしていたのか?

年中行事の昔


2023年もいよいよ幕開け。新年を迎えてすぐの催事といえば「成人式」である。日本では20224月に成年年齢が20歳から18歳に変わり、様々な議論が起こったのは記憶に新しい。公職選挙法の選挙権や、憲法改正国民投票の投票権の付与、また携帯電話等の各種契約の権利、といった事項が若年化された。これからも「成人」という概念は時代とともに変わっていくだろう。ここではこれからではなく「成人」についての歴史について語る。現代とは違う時代の「成人」とはどのようなものだったのだろうか?


 

■昔、年齢は規則化されているわけではなかった

 

現在では法律ですべての国民が同じ年齢にて成人となることが当たり前だが、かつてはどような決まりや催事があったのだろうか?

 

 現代の成人式にて対象となる若者層、少し前までは20歳が成人と制定されたのは、明治9年(1876)のことである。その後、明治23年の旧民法、同29年の民法にも引き継がれ、現在の成人制度の土台となっている。

 

「民法(明治29年)」
近代化を目指した政府が西洋にならって制定。明治維新事業のひとつとなった。(国立公文書館蔵)

 

 式典としては、いわゆる「成人式」のはじまりは昭和に入ってからであり、埼玉県蕨市にて執り行われた「青年祭」が基となっている、というのが定説である。以来、成人たちを社会全体で祝おうという活動が広がり、全国に広まりつつ、制度化されていった。

 

 今でこそ当たり前となった、成人に関する各出来事であるが、それでは昔はどうであったのか。令和の世では、成年が2年ばかり短縮することとなったが、奈良時代には、さらに若い時に立派な大人として認識されていた。いわゆる「元服」である。

 

 起源的には、中国における成人儀礼の習わしが発端とされている。我が国においては、奈良時代以降、時代や地域によって形態の変化はあるもの、脈々と受け継がれてきた儀式であり、常態化され始めた頃は、各家で催されていた。

 

 当時、年齢は規則化されているわけではなかったが、下限でおよそ1213歳、上限としては16歳頃が目安となっていたとされる。近代と比較すると、かなり若かりし頃に成人と認められていたようだが、その背景には、平均寿命が短かったことがあるやも知れない。

 

 元服の儀礼は「公家」と「武家」において、その内容を異なるものとしていた。前者は、特に天皇家が最も盛大であり、冠を頭首に加え、理髪する、といった役は、上位の者から順番に与えられ、階級により各々の使役は厳密に定められていた。

 

 後者、武家においては、もっぱら冠の代わりに烏帽子(えぼし)が用いられた。帽子をいただく者と与える者は、親子、もしくはそれに準ずる主従関係であることが通例であった。戦国時代以降は、露頂の風潮が広まるにつれ、儀式自体も簡素化されていった。

 

江戸時代の元服の儀式の様子
庶民の家では、公家や武家のように冠や烏帽子をかぶるものではなく、前髪をおろして月代を剃るという簡略化されたものだった。(『桃太郎元服姿』国立国会図書館蔵)

 

 特に戦国の乱世では、元服の儀式は、一人前の武将と認められた証とされた。元服を終えたことにより、何千もの軍を率いて、初陣を迎えた武将は大勢いた。戦場で刀を振るい、隊を率いた若き将が、群雄割拠する姿が見られたところである。

 

 時を少し進める。江戸という一時代を築き上げた祖・徳川家康(とくがわいえやす)について、元服に関する以下のような史実がある。徳川氏創業の事績を記した資料の一つである『松平記』に見られるが、名の変更と共に、名実ともに誰の元に位置付けられるか、家という単位を考えるに、大変興味深い内容である。  

 

 弘治元年(1555)年に14歳となった「竹千代」(のちの家康)は、人質として預けられていた駿河の戦国大名・今川義元(いまがわよしもと)の下で元服し、「松平次郎三郎元信(もとのぶ)」と名乗ることとなった。義元の一字「元」を与えられ、改めて義元と主従関係が明確化、今川氏配下になったことを意昧した。

 

幼いころの徳川家康
家康が生まれた松平家は尾張の織田家、駿河の今川家の大きな2つに勢力に挟まれ、翻弄されてた三河の小勢力に過ぎなかった。(「教導立志基 卅一 徳川竹千代君」東京都立中央図書館蔵)

 

 このように、各時代に合わせて、変容を見せてきた成人に関する儀であるが、元服の世であれ現世であれ、継承されてきた事実は、子の成長を祝う者たちの気持ちは変わらない、という証左であろう。ただ実際には、式典での不届きな参加者が報道される等、恥ずべき行為は厳然と存在している。

 

 成人式を迎えるにあたっては、元服という言葉の趣旨、また当時の目的や意図に思いを馳せ、大人としての責任を負うこと、次世代の若者の手本となることを、改めて心に念ずる機会としたいところである。もちろん成人後、時間が経過している「大の大人」も含めてだが。

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