×
日本史
世界史
連載
ニュース
エンタメ
誌面連動企画

大河ドラマと小説に登場した家康の人生は、酸いも苦みもたっぷり?

学び直す「家康」④

■優れた作家・脚本家たちが描いた家康は実にさまざま

これまでに徳川家康が登場した大河ドラマの一覧。

 山岡荘八(やまおかそうはち)の大作『徳川家康』をはじめ、多くの小説作品で描かれてきた徳川家康。その人物像は、実に多彩だ。

 

 司馬遼太郎『覇王(はおう)の家(いえ)』は、作者が、徳川家発祥の地である山深い松平郷を歩く場面から始まる。人より猿の方が多いという貧しい地域に生きながら、それでも駿河の今川に守ってもらっている以上、米を差し出すことは当然と耐え忍ぶ三河気質は、家康の人生に深く根差す。

 

 一方、信長、秀吉を生んだ隣国の尾張では商業が盛んで、民は能力次第でのし上がれることを知る。こうした風土・気質の分析は、この作家らしい。そして、それを踏まえて作者がなぜ、家康を「奇妙と言えば奇妙な男」(『覇王の家』下巻より)ととらえたのか? 謎解きのような面白さがある。

 

 家康と信長の関係性がよく出ているのが、上田秀人(うえだひでと)『夢幻(むげん)』だ。桶狭間の決戦のとき、家康は大高城への兵糧入れを命じられる。これは信用のおけない松平勢は不要と考えた今川義元の策だった。しかし、義元は討ち取られ、大高城にも織田勢が迫る。貴重な米や矢を持ち出して逃げるか、火を放つか、それとも……まさに『どうする家康』の正念場。

 

 この時、信長は人質時代の家康の名、竹千代(たけちよ)に独り言で語りかけ、城を脱出する家康も信長にメッセージを残す。敵同士、顔も合わせてはいないが、ふたりはまるでセッションをするように心を通じさせるのだ。

 

 伊東潤(いとうじゅん)『峠越(とうげごえ)』の家康は、己を「弱き者」と自覚している。父の弱さを受け入れられなかった信康(のぶやす)は、やがて信長から武田に通じた疑いを受け、腹を切る。優秀な徳川の嫡男を抹殺し、家中に亀裂を生じさせようという信長の暗い謀(はかりごと)だった。

 

 その目論見(もくろみ)は外れ、徳川の結束はかえって固くなった。本能寺の変の直後、家康一行が決死の伊賀越えを果たせたのも、この結束があったからこそ。だが、家康の越えるべき「峠」は、まだまだある。

 

 家康とお市のまさかの恋物語に驚いたのが、安部龍太郎(あべりゅうたろう)『家康』。居丈高な築山殿(つきやまどの)、口うるさい実母・於大(おだい)、自死をとげたおばばさま源応院(げんおういん)、強烈な女たちに囲まれた家康は家の中も戦のようである。だが、清洲城に招かれた日、家康は16歳のお市の美しさに目を奪われる。これまで誰も言及してこなかったが「信長公記(しんちょうこうき)」にも、家康とお市の婚約についての記述があるという。

 

 他にも、関ヶ原で死んだ家康の影武者が、次第に力を発揮して〝本物〟になっていく様を描く隆慶一郎(りゅうけいいちろう)『影武者徳川家康』、湿地ばかり広がる江戸の町づくりと貨幣鋳造に挑む門井慶喜(かどいよしのぶ)『家康、江戸を建てる』などを読むと、強い意志を持つリーダーとしての家康像が浮かび上がる。

 

 酸いも甘いも……というより酸いも苦味もたっぷりの家康の人生。どこを切ってもドラマチックである。

 

■家康像を覆した滝田栄と、短気でせっかちな津川雅彦

 

 徳川家康は、大河ドラマで過去に2度主人公になっている。

 

 1983年の『徳川家康』は、従来とはまったく違う家康像を見せた。主演の滝田栄は、「丸顔のタヌキおやじ」ではない〝長身の面長家康〟で、舞台で鍛えた声量で「もたもたするな!!」の掛け声が戦場全体に響き渡る。堂々とした家康だった。大坂夏の陣で落城寸前、家康が淀殿(よどどの/夏目雅子)らに降伏を薦めようとしたのは印象的。反対する家臣に「それが戦の礼じゃ」と一喝する。天下獲りの野心ではなく、乱世を終わらせたい家康の人物像が現れた場面となった。

 

 2作目、2000年の『葵 徳川三代』の家康は津川雅彦。丸顔で女性にモテモテ、家康のイメージにぴったり1987年の『独眼竜政宗』でも家康役で、このときは、強烈な秀吉(勝新太郎)にビビる政宗(渡辺謙)にアドバイスをする役回りだったが、『葵』では、爪を噛むのが癖でせっかちな家康に。秀吉が亡くなり、即時行動開始というとき、気が弱くもじもじする跡取りの秀忠(ひでただ/西田敏行)にイライラして、着替え途中、ふんどし姿のまま文句を言いに来る。短気な父親ぶりが面白い。津川60歳。最年長の大河主役だった。

 

 出てくるたびに主役のような〝ボス〟感を漂わせたのが、1989年『春日局』の丹波哲郎だ。竹千代が将軍跡取りの座を奪われそうだと彼の乳母おふく(春日局・大原麗子)に訴えられた家康(丹波)は、駿府から江戸にやってきて、弟の国千代(くにちよ)を推す秀忠(中村雅俊)と生母のお江与(えよ/長山藍子)をにらみつけ、跡取りは竹千代とガツンと宣言。橋田壽賀子脚本の長セリフをものともせず、大御所様の迫力を見せつけた。

 

 凝り性だったのは、寺尾聡。『国盗り物語』(1973)で信長(高橋英樹)や秀吉(火野正平)の様子をじっとうかがう家康を演じた若き日の寺尾(当時26歳)は、実に40年の時を経て、2014年の『軍師官兵衛』で再び家康となった。主人公の官兵衛(岡田准一)には豊臣に従うと言いながら、腹の中は裏切りモードでブラック一色。寺尾はわざと斜視になるようなメイクを施し、老獪で不気味な家康を作り上げた。

 

 ユニークだったのが、三谷幸喜脚本の『真田丸』(2016)の内野聖陽。才女の側室・阿茶局(あちゃのつぼね/斉藤由貴)に「(爪を)噛まない!」と手をぴしゃりと叩かれる心配性で小心者のお殿様。人生最大のピンチとも言える「伊賀越え」では、落ち武者狩りに追われ「うああああ~」と泣きべそをかく。それが関ヶ原、大坂の陣では、非情な顔も見せる。人間の奥深さを感じさせる家康だった。

 

『どうする家康』の作者は、『コンフィデンスマンJP』などで知られる古沢良太だ。若き日の揺れ動く家康の姿も描かれるという。仕掛け名人のシナリオで二枚目家康・松本潤がどう仕上がるか、楽しみは尽きない。

 

文/ペリー荻野

(『歴史人』2022年8月号「徳川家康 天下人への決断」より

KEYWORDS:

過去記事

最新号案内

歴史人2023年6月号

鬼と呪術の日本史

古くは神話の時代から江戸時代まで、日本の歴史には鬼が幾度となく現れてきた――跳梁跋扈する鬼と、鬼狩りの歴史がこの一冊でまるわかり!日本の歴史文献に残る「鬼」から、その姿や畏怖の対象に迫る!様々な神話や伝承に描かれた鬼の歴史を紐解きます。また、第2特集では「呪術」の歴史についても特集します。科学の発達していない古代において、呪術は生活や政治と密接な関係があり、誰がどのように行っていたのか、徹底解説します。そして、第3特集では、日本美術史に一族の名を刻み続けた狩野家の系譜と作品に迫ります!