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「仏事」の名目で院御所に西面の武士1700騎が集まる

「承久の乱」と鎌倉幕府の「その後」⑫

親幕府派公家を欺くよう順徳天皇を退位させる

幕府方公家
幽閉された西園寺公経
実朝の縁者で、暗殺後は外孫の三寅を幕府に送り込んだ。上皇の挙兵時、息子の実氏とともに幽閉される。国立国会図書館蔵

 承久3年(1221)4月、官軍の結集を促す上皇の直状(じきじょう)と廻文(めぐらしぶみ)が発せられた。しかし、ここは親幕府派の公家たちに察知されないよう事を隠密に運ぶことが肝要であった。

 

 そのため上皇の召しは「来る4月28日、城南寺にて御仏事を催す」(慈光寺本『承久記』)、あるいは「流鏑馬(やぶさめ)を行う」(流布本『承久記』)という名目で発せられた。ただしそこには「甲冑(かっちゅう)を用して参上するように」という言葉が添えられていた。

 

 実際に諸人が集まったのは鳥羽離宮ではなく、上皇御所の高陽院(かやのいん)であった。高陽院にはまず上皇の皇子たちが集められた。

 

 上皇の皇子というのは、新院である順徳上皇(じゅんとくじょうこう)、土御門上皇(つちみかどじょうこう)、六条宮雅成親王(ろくじょうのみやまさなりしんのう)、冷泉宮頼仁親王(れいぜいのみやよりひとしんのう)である。

 

 上皇はそうした動きが察知されないよう、順徳天皇をすでに4月20日に退位させて自由な身とし、皇位をその子・懐成親王(かねなりしんのう/4歳・仲恭/ちゅうきょう/天皇)へ譲っていた。これに直状によって召集された公卿と近臣僧が加わった。

 

 すなわち、坊門忠信(ぼうもんただのぶ)、源光親(みなもとのみつちか)、佐々木野有雅(ささきのありまさ)、中御門宗行(なかみかどむねゆき)、一条信能(いちじょうのぶよし)、高倉範茂(たかくらのりしげ)ら6名の公卿と、刑部僧正長厳(ぎょうぶそうじしょうちょうげん)、二位法印尊長(にいほういんそんちょう)の2名の僧侶が集まった。

 

 廻文によって召集されたのは在京と諸国の武士である。このうち中核を担うのは藤原秀康(ひでやす)、同秀澄(ひでずみ/秀康の弟)、同能茂(よしもち/秀康の甥)、といった院の近臣でもある西面(さいめん)の武士である。

 

 これに三浦胤義(たねよし)、大内惟信(これのぶ)、佐々木広綱(ひろつな)、佐々木高重(たかしげ)、後藤基清(もときよ)、八田知尚(はったともひさ)、小野成時(おのなりとき)、藤原能範(ふじわらよしのり)、糟屋有久(かすやありひさ)ら幕府の在京御家人が加わった。

 

 諸国からは丹波・丹後・但馬・播磨・美作・尾張・三河・摂津・紀伊・大和・伊勢・伊予・近江など14か国の武士たちが続々と高陽院に参集した。諸国の武士たちは御所の四方に配置され門を警固した。いずれにしても、仏事とは名ばかりの、総勢1000余騎とも1700騎ともいわれる物々しい集団である。

 

上皇は義時の縁者である伊賀光季討伐の宣旨を発出

 

 この日上皇は、7人の陰陽師を呼んで事の成否・吉凶を占った。陰陽師たちは「今ことを起こすのはよくありません。今は思いとどまってまず改元を行い、10月上旬に立たれるならば成就するでしょう」と占った。それを聞いていた上皇の後見である卿二位が口を挟んだ。

 

「すでに1000騎余りの武士が御所に集まっているのだから、今さら取りやめて謀を隠すようなことはできないでしょう。事を起こす前にこれが義時の知れるところになれば、重大な禍根となることでしょう」と。これに意を強くした上皇は秀康を呼んで、「まず義時の縁者である検非違使(けびいし)・伊賀光季(いがみつすえ)を討て」と命じ、宣旨(せんじ)を下したのである。

 

 4月28日の上皇方勢力の結集は、院御所高陽院を本陣とする義時追討の官軍がここに結成されたことを意味するもので、上皇による事実上の京都制圧事件である。

 

 上皇の命を受けた秀康は三浦胤義を呼んで軍議を始めた。「伊賀光季を討つのは何日がよいとお考えでしょうか。また、あなたと光季は若い頃から一緒に育ったそうなので、光季の心を読むこともできるのではないですか」と秀康が尋ねると、胤義は「5月15日がよいでしょう。光季は地上の戦いも馬上の戦いも得意な武士で、刀を振るわせたら比類無く、心根もすばらしい男です。無闇に仕掛けるようなことがあれば、容易く反撃されてしまうでしょう。ここは御所に召し、庭内に押し籠めて討ち果たすのが上策です。もし召しに従わないようであればそれこそ院の武運に任せ、討って出ましょう」と策略を述べるのであった。

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