【江戸の性語辞典】江戸の女性がもっとも美しい時期と考えられた「二八(にはち)」
江戸時代の性語㉘
江戸時代には現在では使われていない独特の言葉あった。ここではそんな言葉のなかでも「江戸時代に使われていた性語」をピックアップして紹介する。
■二八(にはち)
二八は、十六歳のこと。二かける八は十六になることから、二八といった。
女に関していう。
二八は娘盛りとされ、女が一生でもっとも美しい時期と考えられていた。この歳で結婚する者も多かった。
図は、十六、七歳の娘だが、「十六七」に「してみたいさかり」と読み仮名があるのが、まさに江戸の感覚と言えよう。

【図】二八の娘(『会度睦裸咲』春川五七、国際日本文化研究センター蔵)
【用例】
①春本『艶本双翼蝶』(鳥文斎栄之、寛政元年)
貧しからぬ家柄の百姓ありける。蝶や花やとなでしこは、一人娘に累(かさね)とて、年も二八の器量よし、
二八の歳で、しかも美人だった。
②春本『開談夜之殿』(歌川国貞、文政九年)
男が、二八の女と初めて情交する場面。
時分はよしと引きこかし、そのまま上にのしかかり、そろそろと腰を使いながら見るに、歳は二八の花盛り、どこひとつ言い分なく、涼やかな目を細くして、鼻息荒く、
男の愛撫を受け、二八の女も興奮していた。
③春本『粋蝶記』(歌川派、文政十一年)
娘のお好は今年、二八(じゅうろく)の春を迎えて……(中略)……はや色気づき、気にして髪をいじり、尻をなでまわし、させてみたさの頃なれば、
二八に、「じゅうろく」と読み仮名をつけている。
④春本『恋のやつふじ』(歌川国貞、天保八年)
ある浪人に、二八の娘がいた。
その一人子に、お信乃とて、いと美しき娘あり。歳は二八の花の顔、ここらわたりに見もなれぬ、女の子にてありければ、近き所の若者ら、心をかけぬはなけれども、
近所の若い男たちのあこがれの的だった。
⑤戯作『娘太平記操早引』(曲山人・松亭金水著、天保十年)
三味線の指南をもて世渡りとし、お玉と呼ばるる美人あり。歳は二八の花の蕾(つぼみ)、ほころびかかる風情ありて、見るや目元に愛を含めば、達磨も座禅の膝をくずし、よだれを流して踊り狂わん。
十六歳で三味線の師匠をしているのだから、当時の庶民の女は早熟だった。
[『歴史人』電子版]
歴史人 大人の歴史学び直しシリーズvol.4
永井義男著 「江戸の遊郭」
現代でも地名として残る吉原を中心に、江戸時代の性風俗を紹介。町のラブホテルとして機能した「出合茶屋」や、非合法の風俗として人気を集めた「岡場所」などを現代に換算した料金相場とともに解説する。