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江戸時代に進歩を遂げた「養生」という概念の実体とは⁉

江戸時代における病の直し方【第4回】


病気になったら体に良い物を食べ、良くないことは避ける──。現代と同様、江戸時代においても心身を健やかにすることが、健康で長生きすると考えられていた。江戸庶民が実行した養生の秘訣とは?


 

『麻疹養生之伝』(孟斎芳虎/文久二年)
文久2年の麻疹大流行の際に作れたもののひとつ。麻疹になった際に禁止すべきものと良い食べ物が書き添えられている。ちなみに入浴と酒は75日間、食べ物は川魚やゴボウなどが禁止、一方、大根、長芋、どじょう、あづき、いんげん、こぶなどがよい食べ物に挙げられている。(国立国会図書館蔵)

 風邪を引いたら、卵酒(たまござけ)を飲む、うどんを食べる。皆さん、こんなことを経験されたことはないだろうか。

 

 江戸時代の庶民が、病気になって一番気になっていたことが、食べてよい物と良くない物のことだ。その証拠に文久2年(1862)に大流行した麻疹(はしか)については、予防方法や治療方法などを絵とともに書いた錦絵が大量に作られた。なかには毒になる食べ物や、食べてもよいとされる食べ物がすられているものもある。

 

 たとえば、魚介類、鳥、酒、たけのこ、きのこ、油揚げ、酢の物、玉子、梅干し、粕漬などが食べてはいけない物で、食べてよい物にはぶどうや大根、にんじん、ゆず、焼きふ、干しうどん、しらたま、ゆり根などが上げられている。

 

 こうした考え方は、古代中国の食事療法を重視する考え方に基づくもの。つまり「医食同源(いしょくどうげん)」という考えに立脚している。中国では『食物本草』という本がつくられるほど人気があり、日本でも輸入して翻訳されたほど関心が高かった。さらに江戸時代になるとこれに解説を付けた『宜禁本草集要歌』や『和歌食物本草』などが出版され、日本人が書いた本も刊行されるようになった。

 

 このように医と食の関係が注目されると、日本独自に食物を見直して編集された『本朝食鑑』がつくられる。江戸の医師・人見必大(ひとみひつだい)が手掛けたもので、全12巻からなる大作だ。

 

 この本では、自らの体験を加え、食にまつわる俗説を払拭し、正しい知識の普及を目指し、食事療法の完成を目指したものであった。たとえば、麦は食べすぎると肌身が乾燥するという俗説を、農民は麦を常食しているが、身を軽く、力は健やかで、無病で長生きをすると実例をあげて否定している。

 

 このように、食に気をつけるのは、恐らく病気になってしまったらろくな治療を受けることができないということも関係しているのであろう。

 

 だから、江戸時代には「養生」という概念が広く広まった時代でもあった。病気にならないように心がけながら日々の生活を送り、万が一不幸にも病気になってしまったら、病気を治すことに務めるという思想である。福岡藩の儒学者であった貝原益軒(かいばらえきけん)が著した『養生訓』では、長寿をまっとうすることが真の親孝行であると説く。そのためには健康的な日常を送ることが一番で、若いころから養生を心掛け、欲望を慎み、外から邪気を避け、嗜好におぼれることなく生活することだという。

 

 具体的には憂いを少なくして、心配事をせず、食事は腹八分目、色欲を慎み、働いて体を動かし血気を巡らせることが重要なのだというが、言うは易く行うは難しである。なかなか、実践できなかったようで、養生を実践するための方法を書いた本や浮世絵などがたくさんつくられた。

 

 この養生で体だけでなく心も健全に保つことに重きを置いている点は、現代の私たちも見習うべきだろう。また、名医を選ぶことも養生のひとつとしてあげられている。名医は病気になる前、未病という状態のうちに病を見つけることができ、直すことが可能だそうだ。

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加唐 亜紀

1966年、東京都出身。編集プロダクションなどを経てフリーの編集者兼ライター。日本銃砲史学会会員。著書に『ビジュアルワイド図解 古事記・日本書紀』西東社、『ビジュアルワイド図解 日本の合戦』西東社、『新幹線から見える日本の名城』ウェッジなどがある。

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