【江戸の性語辞典】江戸時代には性行為中に女が「泣いた」
江戸時代の性語⑱
現代語で「泣く」という言葉は「つらい思いをし、涙を流して声を出す」ことを意味する。江戸時代ももちろん現在と同様の意味をもっていたが、江戸時代の「泣く」はもうひとつ意味をもっていたという。それは性語であり、艶事中の行動を指したというが、どのような意味だったのだろうか?
■泣く
性行為のときに、女がよがり声をあげること。
よがり泣き、という言い方もする。

図 泣く女。(『春色初音之六女』歌川国貞、天保十三年/国際日本文化研究センター蔵)
【用例】
①春本『喜能会之故真通』(葛飾北斎、文化十一年)
親の留守に、男を引きこんだ娘。真っ昼間から始めた。
男「こうか、こうか、俺もいきかかってきた、ええ、いい、いい」
女「フウ、フウ、そうだ、そうで、フフウ、おめえの、フフウ、物が、アア、火のように熱くなって、ウウ、な、フウ、った、アアア」
と、しくしく泣き出す。
もちろん、この「泣き出す」は、よがり声のことである。
②春本『万福和合神』(葛飾北斎、文政四年)
旦那と妾の性行為の様子をうかがい、住込みの下女は、
「どうぞ、一番、させてみてえ。いまいましい。あのよがり泣きがもうもう、耳について、いっそ気が味になって、ええもう……」
我慢できなくなり、下女は自慰を始める。
③春本『泉湯新話』(歌川国貞、文政十年)
芸者と客の男。
「あれ、もう、何だか知らないが、窮屈なようだから、まあ、こうしておくれよ」
と、男を抱きながら横になって、しがみつく。この芸者、本当の淫乱かして、無性に泣き出し、
「アア、モウ、もそっと早く、アレサアア、フンスウ、フンフン」
泣き出すは、もちろん、よがり声を発し始めたのである。
④春本『天野浮橋』(柳川重信、天保元年)
芸者のお美喜が回想し、自分は助六とのセックスで初めて本当に感じたという。
「ほんに泣いたのは、その時が初めて。その上、あの助六は上手者で、てまえは滅多に気をやらず、女の好くように抜き差しして、あんばいはほんに、言うに言われぬほどの気味のよさ。命も惜しくない。今までお客に空泣(そらな)きしてやって、気をやった顔をして、金もらおうばっかりで、フウスウ言って聞かせたが、あの助六さんの上手には真実可愛くなって、今にそのよさは忘れない」
「空泣き」とは、遊女や芸者などの玄人が、感じたふりをして派手によがり声をあげること。
芸者のお美喜は、客の男とのセックスでは大いに空泣きして金をもらっていた。ところが、助六との性交で初めて、本当に泣いたのである。
助六は女たらしのテクニシャンだったようだ。
⑤春本『春色初音之六女』(歌川国貞、天保十三年)
男の巧みさに、遊女の此糸(このいと)は乱れて、
はては此糸も泣きいだし、
「あれもう、死にいす、どうしいしょう、それ、わちきゃあ、もう、おお、いいねえ、あれ、ようおざりいす」
此糸は吉原言葉で、よがり声を上げ続けている。
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